話は数日前に遡る。

グレートは自らの脚本による舞台が決まり、大忙しだった。
何しろ「初」である。
台本にも相当な気合が入っていた。
渾身の一作。

書き上げた後、グレートはその台本で実際にはどのように演技をつけたらいいのかどうしても知りたくなり
しぶるジョーとフランソワーズを相手に役を割り振ったのだった。

 

「だけどグレート。いくら芝居といっても、フランソワーズにあんなことを言われたら」

やっと泣き止んだジョーが言う。が、すぐに言葉に詰まり涙ぐんでしまう。

「そうよ、グレート。ジョーをいじめるのはやめて」

ジョー、泣いちゃだめよ。と優しく声をかけてから、彼を守るかのように一歩前に出る。

「大体、どうして『女王』が出てくるの!?何だかすっごく嫌だわ」
「いや、特別深い意味はないからして」

フランソワーズの剣幕に押され、後退してゆくグレート。
一方、フランソワーズは自分の言葉に更に勢いづいて続ける。両手を腰にあてて。

「本当に?ジョーをいじめるためにわざとしてるんだったら、許さないから!」

更にグレートに詰め寄ろうとしたところで、背後にいたジョーに抱き締められた。

「ジョー?」
「・・・フランソワーズ」

そのまま彼女の髪に顔を埋め、何も言わない。

――もうっ。

「グレート、もう諦めて?・・・私はともかく、ジョーはもう無理よ」

そのままジョーに向き直り、ヨシヨシと彼の頭を優しく撫でた。

 

***

 

グレートの脚本は、アンデルセンの名作「雪の女王」を現代風にアレンジしたものだった。
そして主役のふたりを子供ではなく大人に変えて、恋愛を盛り込んで。

だけど、だからといって――役名を私たちの名前にしなくてもいいと思うのよ?
しかも、「少年があまりにも可愛らしく女王は彼を連れ去った」というくだりを
「女王は彼を誘い、彼はまるで魅入られたかのようにふらふらと彼女の車に乗った」と変えたのも感心しないわ。
おかげでジョーは――さっきからぴったりくっついたまま離してくれない。

「ジョー。ちょっと離して」
「いやだ」
「だってこれじゃ・・・何にもできないわ」
「いやだ」

だってフランソワーズは、僕が女王を選んだなんて言うし
そんなこと絶対、あるはずがないのに。

と、先刻からずーっと繰り返して言っている。

――もう。迫真の演技だったのは、あなたも同じよ?

それでも聞こえているのかいないのか、ジョーは全く動じない。
あんなセリフ言いたくないのにとブツブツ繰り返しているだけ。
ひとの話を全然、聞いてない。
だからちょっと意地悪してみた。

「・・・案外、本心だったりして」

その途端。
全身の骨が折れると思うくらい更に強く引き寄せられた。

「フランソワーズ、ひどいよっ・・・・!!」

あとは声にならない。

――もう・・・ばかね。本当に。

「あのね、ジョー?――今日は何月何日か知ってる?」
「知らないっ。そんなの、どうでもいいっ」
「――そお?今日は4月1日。――エイプリル・フールよ」
「――えっ」

涙に濡れた目でフランソワーズを見つめる。
その涙を指先で拭いながらフランソワーズは続けた。

「――だからね。今日言ったことは、ぜーんぶ嘘になっちゃうのよ?」
「・・・じゃあ・・・」
「そうよ。不本意な台本のセリフもぜーんぶ嘘になるの」

か、どうかは定かではない。が、そうでも言わないとジョーはおそらく――
――今日いちにち、ずっと泣いて過ごす。

「だから、大丈夫。私はどこにも行かないし――あなたも、私を置いてどこかに行ったりしない、でしょ?」
「うん。しない」
「だったらもう泣かないで。・・・ジョーがいつまでも泣いてたら私も悲しくなっちゃうわ」
「――え。そ、それはだめだよ」
慌てて自分の涙を拭い、改めてフランソワーズの顔を覗きこんだ。

「・・・泣いてないよね?」
「ん。ジョーが先に泣いたから」
「――だめだよ。泣いたら」
「うん。泣かないわ」
「フランソワーズが泣いたら、僕はもっと泣くよ?」
「だめよ、もう・・・ジョーったら」

ジョーがやっとなんとか笑顔を作ったので――フランソワーズはほっとして、ジョーから身体を引いた。

「そろそろケーキを焼かないと。ほら、今日はグレートの誕生日だし。
今頃部屋で拗ねてるわ、きっと」

 

***

 

数ヶ月後。

グレートのお芝居が初日を迎えた。
招待席にはもちろん、ジョーとフランソワーズの姿もあった。
が・・・

「うっとーしーなっお前らはっ」

珍しくアルベルトがうんざりしたように言う。

「そんなに泣くなら見るなっ」

二人とも、「お芝居」とはわかっていても――女王にかどわかされる青年とその恋人のお話に
すっかり感情移入してしまい、声もなく泣いているのだった。
お互いに手を繋いで寄り添いながら。