「音速の騎士」 

 

 

今日はフリー走行だった。

セッティングを確かめながら、微調整を行う。
明日の予選に向けて、ドライバーであるジョーも、スタッフも徐々に気持ちが高まってゆく。
ジョーはこの緊張感と、同じ目標に向かって仲間がひとつになっていくのが好きだった。

 

***

 

「――あれっ?」

ふと目を上げた先に金色の頭を見つけ、古株の女メカニックは首を傾げた。

――どうしてあんなトコロに居るんだ?

ピットからずうっと離れ、正面スタンドからも離れた金網。そこに、心配そうにコースを見つめている金髪碧眼の少女を見つけたのだった。

 

***

 

「――いいんです、ってば。――怒られちゃう」
「怒るって誰が」
「ジョーが」
「ジョーが?」

何で怒るのさ――と言いながらも、フランソワーズの手を引くのはやめない。対するフランソワーズは、ここを動くもんかと手足を突っ張っているものの、力の差は歴然であり、ずるずると引き摺られるように連行されてゆく。

「カノジョなんだから、堂々と見ればいいだろうが」
「堂々と、って・・・」
「マスコミはシャットアウトしてあるから心配要らない」
「――そんなの心配してるんじゃないんですぅ」

近くの柱に腕を回し、抵抗する。

「ああもう、メンドクサイなあ。何だってそんなに抵抗するんだよ」
「だって、ジョーが」
「アイツが何だって?」
「ピットには来るな、って」
「はん。いったいナニ寝ぼけた事言ってるんだか!いいから、おいで」
「イヤ」
「・・・フランソワーズ」
「だって、ジョーが」
「大丈夫だって!どうせ照れているだけだろう?平気平気」

 

***

 

ピットに入り、メカニックと今のセッティングについて意見を交わす。
何と言っても母国グランプリである。無様な走りだけはしたくなかった。

――と。

ジョーは視界の端に、何か――通常のピットでは絶対に見られない色である金色――を、捉え、愕然とした。

「・・・・!」

スタッフをそこに残し、断固とした足取りでそちらへ向かう。

「――フランソワーズ。どうしてここにいる?」

 

***

 

ああもう、ほら見つかった。ヤダ、怖い顔。――もうっ、だからここに来るのはイヤだって・・・やーん。

腕をぐいっと捕まれ、フランソワーズは顔をしかめた。

「――ここには来るなって言ったよな?」
「・・・・」

無理矢理連れて来られた――と、言い訳するのは簡単だった。
が、自分の心の中には、ジョーの仕事をちょこっと見てみたいという気持ちもあったので、連れて来られる時も本気の抵抗ではなかったのだ。
だから、何も言わずに黙った。

「――フランソワーズ?」

009とも違う、「レーサー・島村ジョー」の声が降ってくる。
それは厳しく、少しの甘えも許さないようだった。

フランソワーズは、いくら無理に連れて来られたとはいえ、真剣勝負のこの場に自分は来てはいけなかったと唇を噛んだ。少し考えればわかるはずだった。自分だって公演前の数日は、愛とか恋とかそれどころではないということを。だから、ジョーだっておそらくそのはずで、その聖域を侵した自分は責められて当然だった。

「・・・ちょっと来て」

そのまま腕を引かれ、奥へ連れて行かれた。
そこでやっと腕を離される。
叱られる。
とてもジョーの顔を見られなかった。悪いのは自分なのだから。

「――どうせ、無理矢理連れて来られたんだろう?」
「・・・」
「全く。――余計な気を回しやがって」

ため息。

「ともかく、ここに居るのは駄目だ」
「・・・わかったわ」

顔を上げられない。

「・・・ごめんなさい」

踵を返して行ってしまう――と思っていたが、ジョーはなかなか立ち去らなかった。

「――ジョー?」

思わず顔を上げる。
するとそこには、――優しく見つめる恋人の褐色の瞳があった。
てっきり物凄く怒っていると思っていたから、フランソワーズは驚いた。

「――なんて、ね。怒ってないよ」
「嘘。だって」
「現場に自分がいたら僕の気が散ると思った?」

そう思ってはいたけれど、肯定してはいけないような気がして黙っていた。

「全然、平気。そんなに簡単に削がれる集中力なら、僕もまだまだだって事さ」
「じゃあ、どうして――」

ここには来るなと言い含めていたのだろうか。

「――見ただろう?ここは男ばかりなんだよ」
「ええ」
「そんなトコロにきみを置いて平気で走りに行けると思う?」
「だって、私はあなたしか」
目に入らない、と前に言ったはずだった。

「・・・ん。そうだけどね。それとこれとはまた別」

そうっと身を屈めて、フランソワーズの頬にくちづける。

「――まぁ、・・・きみがいれば速く走れるからいいけど・・・」
心配で、誰よりも速く戻ってくるからね。