そんな訳で、晴れてピットにいることを許されたフランソワーズだったが、居場所がなく落ち着かないのは変わらなかった。
全く知らない顔ばかりではなかったけれど、自分はやはり異質な存在なのだ――とも思うのだった。
「――落ち着かないですか?」
突然声をかけられ、びくっとしながら振り返る。
そこにはメカニックと思しき服装の――女の子が立っていた。
「あの・・・?」
「私もここのスタッフなの。だから警戒しなくて大丈夫。獲って食ったりしないから安心して」
獲って食ったり、って・・・。
ここの人たちはみんなこういう言い方をするのだろうか?と、目の前の若いメカニックに多少の違和感を覚えつつもにっこり微笑み返す。
「――ありがとう。あの、私」
「島村さんのカノジョさんでしょ?一緒に住んでる」
「えっ!?」
「みんな知ってるから大丈夫。それにしても、実物は全然違うわね。――綺麗だし、カワイイし!」
一緒に住んでる。――みんな知ってる。と聞いて、ちょっとした恐慌に陥った。
一体ジョーは、ここで私のことを何て言ってるんだろう?
「でね。さっきの話の続きだけど、――他のドライバーも奥さんやカノジョを連れて来てるんだから、心配しなくて大丈夫」
「え・・・そうなんですか?」
「ウチだけだよ。女っ気が全くないの」
「え、でも」
アナタや――目を上げて、遠くでセッティングの指示を出している古株の女メカニックを見て――彼女がいるじゃない。
「ヤダ、やめてよ。私たちは女じゃないんだから」
「?」
だったら何だというのだろう?
「うちらはメカニック。女じゃないのさ」
卑下して言っているのではなく、胸を張って誇らしげに言う。
「誰よりも速く走れるようにセッティングをして整備をするのが仕事。マシンを仕上げておけば、あとはドライバーの力量だからね」
職人なのだ。
「みんな、ドライバーを信じてる。だから、いい仕事をするだけ――」
言って、戻ってきたマシンへ駆け寄ってゆく。
***
「フランソワーズ。見てた?」
「え?」
見てたって・・・何を?
「グリッドが決まったんだけど・・・もしかして見てなかった?」
そういえば、予選の真っ最中だった。
落ち着かなくて、ドキドキしながらあちこちをキョロキョロして――気がついたら、予選は終わっていたのだった。
「・・・ゴメンナサイ」
目を使えば見えたはずだし、それでなくともあちこちにモニターがあるのだから、見ようと思えばいくらでも見れたのだ。
「あの・・・何番グリッド?」
小さな声でおずおずと尋ねる。が、ジョーは憮然としたまま答えない。
「酷いよなぁ。普通は、凄いわねとか言って笑顔で迎えてくれるんじゃないのかな」
きっと他のドライバーのカノジョはそうだぜ。とブツブツ口の中で呟く。
凄いわねとか言って――と、いうことは、フロントローを獲得したのだろうか?
あるいはポールを獲った?
けれども迂闊な事は言えなかった。何しろ――見ていなかったのだから。
ずっとブツブツ言っているジョーの声が聞こえてくる。
「――しかも、何番グリッドと訊かれたらなぁ・・・僕の走りをどう思ってるのかって思うよなあ」
「えっ・・・、どう、ってジョーは速いでしょ?」
「うん。――だから?」
「だから・・・?」
ニヤニヤ笑う目の前のジョーを見つめ。
「――もしかして、ポールポジション!?」
「当然」
「凄いわ、ジョーっ!!」
叫んで彼の胸に飛び込んでいた。
何事かと周囲のスタッフがこちらに目を向けたので――ジョーは慌てて引き剥がそうとした。が、離れない。
「フランソワーズ。ここではちょっと」
「いいじゃない。みんなそうしてるんでしょ?」
「イヤ、そうかもしれないけど――」
「だったらいいでしょ?」
そう言うと背伸びして――ジョーの頬にキスをひとつ。
「明日は誰よりも速く私のところに帰ってきてね?」
「うん――それって命令?」
「そうよ。リーダー命令よ」
「だったら守らなくちゃいけないなぁ――」
そうしてジョーは、フランソワーズの額にお返しのキスをしたのだった。
唇へのキスは、慎ましく我慢して。
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