「あの時どう言えば」
――あの時、どう言えば良かったのだろう。
今でも思い出す度に胸の奥が苦しくなる。
ブラックゴーストと戦う。
これは、自分たちが「完全に自由」になるためと、自分たちのような者を二度と出さないための、二つの理由があった。
だから、完全に叩き潰す必要があった。
どんな危険があろうとも。
もしかしたら――命を落とす者が出るかもしれない。
言葉にしなかっただけで、全員がわかっていたと思う。
ひとり。
ふたり。
あるいは、数名。
いや、もしかしたら――全員。
それでもやらないわけにはいかなかった。
何より、自分たちの気持ちの行き場がなかったのだ。
――改造しろと誰が頼んだ。
誰が――喜んでいる?
その怒りをぶつける先は彼らしかなかったのだから。
もしかしたら、世界平和よりも何よりも、戦う真の理由はそれだったのかもしれない。
かといって、好んで戦っているわけではなかった。
自由になるためには避けて通れない戦いであった。だから、――本当は戦いたくなくても、そうとは言えない雰囲気でもあった。
――好んで戦う者はいない。
兵器となった今でも、誰もがそう思っていた。それだけは確かな事だった。
ただ
気持ちの拠り所を失くし、大切な人を失った自分たちには「戦わない理由」のほうが曖昧だった。
自分がいなくなっても、既に――悲しむひとはいない。
だったら、二度とこういうことができないように――自分たちと同じものを出さないように――戦わなくては。
そうやって自身を鼓舞して戦った。
戦いたくない。
それは、言ってはいけない禁断の言葉となった。
おそらく、明日が最後の闘いになるだろう――と、誰もが確信した夜。
それぞれが物思いに深く沈んでいた。
――死ぬかもしれない。
死というものがこんなにも身近に感じられたことはなかったが、それでもそれは恐怖とは違っていた。
むしろ――やっと、「終わる」と。
それは安堵感に近いものだった。
やっと――終わる。
その結末がどうであれ、既に後戻りはできない。
後は戦うことしか残されていない。
そんなことを思う夜だった。
ただぼんやりと月を見ていた。
最後の夜になるかもしれない今日、月が出ていて良かったな――なんて頭の隅でちょっとは思っていたかもしれない。
明日、この月を再び見ることができるだろうか?
それも――どうでもよかった。
明日が来なければいいとも思わなかった。
ただ、明日が来れば――明日の今頃には、全てが終わっている。
それだけが、言ってみればただひとつの楽しみだった。
「行きたくない」
とは言えない雰囲気だった。
「戦いたくない」
とも言えない空気だった。
言葉にするのは裏切りのような――そんな気がした。
だから。
何も言えずに送り出した。
二度と会えなくなるかもしれないとは、少しは思っていたのかもしれない。
でもあの時は、全ての感覚が麻痺していたから、――何も言えなかった。
今だったら、少しはマシだろう。――いや、同じだろうか?
瞳の奥に「行きたくない」「戦いたくない」「傷つけたくない」「怖い」・・・
それらが渦巻いているのがわかっているのに、それでも背中を押すしかなかった。
それ以外、してはいけないと思っていた。
――今だったら、わかる。
何も言えないのだったら、
背中を押すのではなく、
ただ、
――抱き締めればよかったのだ、と。
行かなくてもいい。一緒に逃げよう。
そう言えないのなら、せめて――またこうしようね、って。
お互いが無事でありますように。
他の何が滅んでも、自分たちは再びこうするために戻ってくるのだと。
お互いの瞳を見つめてそう確かめ合うことくらいできるはずだった。
まさか本当に――あれが最後の夜だなんて、思わなかったから。
そう・・・覚悟したなんて言っても、そんなのは上辺のことだった。
本当にはわかっていなかった。
死がどういうものであるのかなんて。
いなくなる。
存在しなくなる。
どこにも――いなくなってしまうのだ。
それも突然に。
それがどんなことなのか、本当にはわかっていなかった。
わかっていたのはおそらく・・・目の前で大切なひとを失った経験のある者だけだったろう。
それだって、想像することはできる。が、それだけだ。
実際に経験していなければ同じ思いを共有することなどできはしない。
昨日まで。さっきまで。数秒前まで隣にいたひとがどこにもいなくなる。
探しても探しても、どこにもいない。
――フランソワーズ。
きみがいなくなってしまうなんて、本当に思ってもいなかった。
当たり前のように隣にいて。
戻って来たら、また微笑んでお帰りなさいって言ってもらえるものだと思っていた。
きみだけはいなくなったりしないと、根拠もないのにそう思っていた。
・・・バカだろう?
きみの言う通りだよ。
言わないだけで、あんなに――嫌がっていたのに。
戦って誰かが傷つくたびに目にいっぱい涙を溜めて。それでも、決して泣くことはしなかったきみは何て強いひとだったんだろう。
僕はそれに甘えていた。傷ついて帰っても、きみが待っていてくれる――そう勝手に思っていた。
――ねぇ、フランソワーズ。
もしもあの日に戻れるなら。僕は絶対にきみを離さないのに。
他の誰がどうなってもいい。
世界がどうなろうと関係ない。
きみが生きていてくれれば、それでじゅうぶんだった。
ブラックゴーストなんて――好きにすればいい。
僕はきみと逃げて逃げて――逃げ切ってみせる。
何も戦うことなんてなかったんだ。
きみがいなくなってしまう戦いなんて、する必要はなかったんだ。
好きで戦ったわけではないのに。
本当は怖くて怖くて――やめてしまいたかったのに。