9×9 で 半分こ

 


(1) イヤホンの片耳側を半分こ

 

防護服のマフラーがうまく結べなくて、いらいらしながらミーティングルームに登場した009。
誰か手伝ってくれないかと辺りを見回すが、どうにも頼める雰囲気ではなかった。
いい加減、この長いマフラーには気が滅入る。
いくら見た目重視のヒーロー像といってもやはりどうにかならないものだろうか。空いている席に座る今だって、うっかりマフラーの上に座ってしまうところだった。学生服のほうがよほど機能的だろう。

「――イライラすんな」

隣の赤い服の男がぼそりと言う。

「ほっとけ」

009は低く答えると再び自分のマフラーと格闘し始めた。
よくよく考えてみればいったいこのマフラーはどういう仕組みになっているのか。
結び目を作っているものの、なびく部分は二本ではなく一本なのである。
じゃあどうやって結んでいるというのか。

「……くっそ」

いったいいつも003はどうやってこれを結んでいるのか。
結んでくれているのか。
やはりたまには教えてくださいと下手に出るべきなのだろうか。

「――いや」

できない。そんなことは。
この009が頭を下げることなどあってはならない。

「――しろよ。頭を下げて教えてくださいって」

再び隣の赤い服が言う。
まじまじと隣を見るが、男はちらともこちらを見てはいない。なにやら瞑想したままであった。
なのにこちらの考えていることがわかる?

――エスパーか。

エスパーなぞ001だけでたくさんなのに。
あるいはあと数十年経てば自分もこんな風にエスパー風味な009になるのだろうか。

「ちっげーよ。エスパーじゃねーって」

目が合った。

「……お前、言葉遣いが悪いな」
「フン。誰も注意しねーよ」
「……確かに」

009は辺りを見回しため息をついた。
確かに彼の言う通りだった。そもそもここに003がいれば苦労はしないのだ。

「で、さっきから何してるんだお前」
「うん?」
「瞑想か?」
「まさか。……これ、聞いてた」
「なに?曲?」
「ああ。聞くか?」

差し出されたのはイヤホンの片側。
どうやら男は何かの曲を聴いている最中だったようだ。
言われるままにイヤホンを手にとり、自分の耳に突っ込んだ。

が、しかし。

数分も経たないうちに

「……顔が近いな」
「ああ。――気持ちわりー」

二人同時にイヤホンをかなぐり捨てた。
やはりこういう行為は是非003とだけしたいものだ。

Reジョーと赤い服の男――原作ジョーは改めてそう思った。

 




(2)寂しい気持ちを半分こ

 

009は沈んでいた。
もちろん、水の底に沈んでいるというわけではない。気持ちが塞いでいるという意味の比喩である。
しかし、彼の気持ちとしてはどちらでも同じようだった。
いま100トンの重りをつけられて海底に沈められたとしてもどうでもよかっただろう。
そのまま海底にいてもいまここにいるのと大して変わりはないのだ。

「……はぁ」

ため息がでた。
沈んでいるというのが比喩でないとすれば、それこそため息の海に沈んでいると言ってもいいだろう。
そろそろこの部屋も009の吐き出す二酸化炭素で埋め尽くされそうだ。

それもいいかもしれない。

こうして自分の吐いた二酸化炭素で溺れるなどむしろ本望といったところだ。

そんな陰気なことを考えてみる。
もう何もかもがどうでもよかった。


「おい。いい加減にしろっ」

後頭部がごちんと鳴って、陰気な009に鉄拳制裁が下された。
が、もちろん009であるから全くびくともしない。

「さっきからずっとため息ばかり。なんなんだお前は」
「……うるさいな。放っておいてくれ」

鉄拳を見舞った赤い服の男は大袈裟にため息をついた。

「ったく。お前だけだぞ。そんな陰気な面をしてるの」
「……他のみんながおかしいんだよ」
「はぁ?」
「だって、そうだろ」

そうして俯いた。
てっきり話が続くと思っていた赤い服の男はそのまま放置された。が、彼は辛抱強かったからそのまま待った。

数分が経った。

009はさっきと同じポーズ――椅子の上で膝を抱え、ゆっくり椅子ごと回っている。
そして大量の二酸化炭素を吐き出し続けた。


「――あのな」

赤い服の男が009の椅子に手をかけ、くるくる回るのを阻止した。

「まさか003がいないから……ってことはないよな?」

すると陰気な009はのろのろと顔を上げた。

「……それ以外に何かあるかい?」
「やっぱりか。――お前も一度くらい003にぶたれるといいな」
「003はそんなことしないよ」
「するんだよ。うじうじしてると『いくじなし!』っつってな」

そうして赤い服の男――超銀ジョーは左の頬を見せた。
そこにはくっきり手形が残っていた。

でも僕の003はそんなことしないんだよ――と新ゼロジョーは思い、また椅子をくるくる回した。

寂しい気持ちの半分こは誰ともできないようだった。

 




(3)パジャマの上下を半分こ

 

「いくらなんでもこれはおかしいだろっ!!」


009は仮眠室で息巻いた。
ここでそれぞれ仮眠を取るようにと言われ、二人一組で眠ることになったのだが用意されていたパジャマは一組だけだったのだ。
ならば自分は防護服のままでいいとそのまま寝ようとしたのだが、洗濯するとかで剥ぎ取られてしまった。
じゃあパンツ一丁でいいさと横になったが、相方がどうにも落ち着かないようでもじもじしているから寝られない。
ああもうなんだよと話を聞いて――こうなった。

「だって、二人で分けて着ればいいじゃないか」

僕だけちゃんと着て寝たんじゃ申し訳ないし、風邪ひくよ?と赤い瞳の男は言った。

「だからってこの分け方はおかしいだろと言ってるんだっ」

009は仁王立ちになって訴えた。
今、彼はパジャマの上だけを着ているのだった。

「僕は女子じゃないっ」
「え。でもそっちのほうが冷えないよ?」
「だったらきみがこちらを着たまえっ」

赤い瞳の男はパジャマの下を履いていた。

「えー。やだよぅ」

だってそれじゃあ、お泊りした次の朝の女の子みたいじゃないか――とウッカリ口を滑らせ、009の怒りを煽った。

仮眠室の二人の男。

009はパジャマの上だけを着ている。その裾からはパンツが見え、逞しい足がにょっきり生えている。
その反対に赤い瞳の男はパジャマの下だけ履いており、逞しい上半身を露わにしていた。

「――替えろ」
「イヤだ」
「落ち着かん。替えろ」
「僕だって落ち着かないよ」

だって、パジャマの上だけはおるのって――003だよね?

「うるさいっ、言うなっ」
「あれ。じゃあスリーもそうなんだ?」

意外だなぁと素直に言う平ゼロジョーにナインの堪忍袋の尾が切れた。

仮眠室は修羅場となった。

 




(4)半分こできない?

 

モニタールームではため息とともに映像のスイッチが切られていた。全員が無言である。

「……なんなの、これ」
「009って……本当に最強の戦士?」

とてもそうは思えなかった。例えて言えば……幼稚園児?

「マフラーの結い方、知らないのね……」
「――記憶がリセットされちゃってるから」
「ああ、なるほど……」

悲しげなreフランソワーズに全員がしんみり頷いた。

「原作ジョーは何を聴いてたのかしら」
「60年代の洋楽よ。たぶん」
「道理でreジョーも聴き入るわけだわ」
「――でも、アニメ音楽かも」

曖昧な原作フランソワーズに誰もツッコミを入れられなかった。

「でも一番問題なのはやっぱり……」

超銀フランソワーズが新ゼロフランソワーズを見る。

「寂しがりすぎじゃない?」
「だってそういうひとだもの」
「……そりゃ、ウチのひとだってそうだけど」

ウチのひと?

全員がぴくりとなったが、とりあえず聞き流す。

「でも時には喝を入れるのも大事よ?」

それでしっかりするのよと超銀フランソワーズが笑った。
新ゼロフランソワーズは、でもそれをやったらきっと家出しちゃうわと思いながら微笑んだ。

「ジョーも素直にパジャマを交換したあげたらいいのに。ねぇ?スリー」
「え?ええ……」

平ゼロフランソワーズの声にスリーはびくんと肩を揺らした。
ナインがあらぬことを言わないかとはらはらし通しだったのだ。

「でも、ナインに負けてないのって凄いわ」

正統派の正義の戦士なのに。

「ゆとりっこ恐るべし」
「なるほど……」

昭和の戦士のまっすぐな正義に対抗できるのは、ゆとり世代の受け流す術を知っている009だけかもしれなかった。

「でも」
「とりあえず」

009だけ集めたらどうなるかという企画は頓挫した。

「……迎えに行きますか」
「ですね」

なんにも半分こできない009たち。
009同士で何かを共有することもないのだろう。

まったくもうしょうがないんだから。

そう口々に言いつつも、どこか嬉しそうな003たちだった。

だって、半分こする相手は私たちなのだから――

 



おまけ


(5)食べ物で半分こ

 

「だから半分こするべきだって言ってるだろ」
「イヤだ。ダメだ。これはきみとはしないっ」
「だーかーらー。食べ物はいまこれしかないって言ってるだろ」
「イヤだっ」

ああもうメンドクサイなと009は天を仰いだ。
いったいなぜ彼はこうも固執するのだろう。アイスの半分こに。

ミーティングルームの隣の簡易キッチンにあった小さな冷蔵庫。
中には飲み物とこのアイスしか入っていなかった。
それも人数分あったのは飲み物だけで、アイスは二人で分けてちょうどという数しかなかった。
だから009はそれぞれふたりで割って食べればいいと思ったのだけれど。

「……きみも存外、メンドクサイ男だな」
「きみほどじゃないよ」

かもしれないな――と完結編ジョーは思った。

自分のようにかなりややこしい設定と環境で生まれた009はいないだろう。
そして過酷な運命を背負った009も。
御大ノートとはまるっきり違って発表されたがためにそちらが公式認定されてしまっている。
自分では不本意でも、どうにもしようがない大人の事情というものが働いている。
ファンの間では、自分の存在は二次創作009の位置づけでぎりぎり認められた――と、思っている。

でも、だったらもっとハッピーな結末で終わりたかったなぁ……と平和バージョンの009を見た。
彼は闘わない009という設定の二次創作009・平和で幸せな93のジョーである。

彼のようになりたかった……とため息をついた。

(すみませんすみません。だから平和な93が当サイトにはいるんです)