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公道なので、スピードを上げるわけにはいかなかった。
かといって、ゆっくり走っているわけでもない。が、サーキットでのスピードに慣れた身体には、普通車が出す速度は随分と遅く感じられた。
さっきから何度も時計を見ている。
絶対に間に合うとわかってはいても――もし間に合わなかったらと思うと気が気ではない。
全く、普段し慣れない事をするのは気を遣う。カーブに沿ってハンドルを切りながら、遠心力で少し傾いたサイドシートの荷物を気にする。

・・・少し、萎れているかな?

やっぱり、近くに行ってから買うべきだったか。
けれども、着いてから店を探す時間的余裕があるのかどうかわからない。店を探しているうちに時間が過ぎてしまうのは避けたかった。そんな事になれば元も子もない。
だから、高速に乗る前の途中の店で購入したのだった。

目の端でそれを確認してから、再びアクセルを踏み込もうとして――やめる。既に制限速度ぎりぎりなのだ。

全く、シーズン中に一般道を走るというのは・・・

滅多にない事だった。
感覚がレース仕様になっているので、移動でも自分が運転するということはないし、させてもらえない。
そういう意味でも、いまこうして車を走らせているのは特別な事に違いなかった。

 

 

グランプリ第3戦まで二週間の間が空く。
かといって、暇なわけではなく、マシンのセッティングや新エンジンをどうするか等々、すべきことは満載だった。
そんな中、テストのため日本に一時戻ることになり、もちろんスタッフと共にジョーも帰国していたのだった。
関空から直接鈴鹿サーキットに向かい、テストとセッティングを繰り返す。
そして――今日の数時間の外出時間をやっと確保した。
こんな忙しい中で数時間でも外出するというのはスタッフに多大な迷惑をかけることになる。何しろ、ドライバーがいなければセッティングも何もないのだから。
だからジョーは、自分の睡眠時間・休憩時間を削ってテストを行いミーティングを行い――そうしてやっと、時間を捻出した。
ただのワガママではあったものの、実はスタッフ全員が休養を必要としていたので、その外出はあっさりと許可されたのだった。
そして、車を借りて――いまこうして高速を走っている。

――驚くかな。

本人には何も言っていなかった。
何しろ、日本にいることも伝えていないのだ。
時間を捻出できるかどうかも怪しかったし、言ったら最後、会いたくなってしまうのは想像に難くなかった。
それに、彼女の集中を削ぐような真似もしたくなかった。例え、自分の事が彼女の集中力の妨げになるなんて事は無いとわかってはいても。

ずっと前にしていた約束。

決して忘れていたわけではないが、それっきり有耶無耶になってしまっていたのも事実。
あの時泣いた彼女の顔を忘れたわけではない。ただ、いざ実行するとなるとやっぱり照れくさく、先延ばしになっていた。
そんな約束を実行しようという決め手になったのは「場所」だった。

鈴鹿に行くのはわかっていたから、そこから行ける距離であり、尚且つ他のメンバーが絶対に来られない場所というのが必要十分条件だった。
たまたま今回、それを満たしていた。
だから決めた。
と、自分では思っていた。
けれども。

実はそれさえも「会う」ということを自分の中で正当化するための、大義名分に過ぎなかった。

ただひたすら前を見つめてハンドルを操る。いつしか唇には笑みが浮かび――彼女はどんな顔をするだろうかと考えていた。