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――来た。

フランソワーズの長い髪が揺れる。
金色のそれは、ひとめで彼女とわからせるには十分だった。

「ふ・・・」

もたれていた木から身体を離し、フランソワーズ、と名を呼び駆け寄ろうとした彼の言葉は途中で不自然に空中に消えた。

――アイツは誰だ?

当然のような顔をしてフランソワーズの隣を占め、よく見れば彼女の荷物までその肩にかけている。
そして、立ち止まって桜を見上げながら何やら親しげに話しこんでいる。

――アイツ。・・・見たことがあるぞ。

いつぞやフランソワーズを迎えに行った時、彼女と一緒に歩いていた男。

確か・・・同じバレエ団のひとだと言っていたな。

当たり前である。
あの時と今日と、フランソワーズと親しげに歩いている相手がそれ以外のはずはないのであった。
自分のような――フランソワーズの追っかけを除いては。

一緒に組んで踊っていると言ってたっけ。

更に、彼女が言っていたことを思い出す。
同じバレエ団のひとで、フランソワーズとのペア。だったら少しぐらい仲良くなってもおかしくはないわけで・・・
しかし。それにしても、やはり心穏やかではいられないのだった。

 

***

 

「――じゃあ、あそこにいるのは良く似た知らないひとだよね?」
「えっ?」

言われるがままに、彼の視線を追う。
すると、そこには。

「――じ」

ジョー!と言いそうになって、慌てて飲み込む。
名前を呼ぶわけにはいかない。呼んでしまったら、彼が「島村ジョー」そのひとであるとばれてしまうかもしれなかった。
名前を呼ばなければ、「島村ジョーによく似たひと」で済む。
だから、
彼がゆっくりこちらに向かって歩いてきても、何も言えなかった。

 

***

 

「――お疲れさま」

そこには、会いたかった優しい褐色の瞳の持ち主が立っていた。

「どうし」
「どうしてここにいるのかって?それはね」

ばさっと目の前に差し出されたのは――

「これっ・・・」
「約束しただろう?」

バラの花束だった。それも、いったい何本あるのかというくらいの。

「――キレイ・・・・ありがとう」

花束を胸に抱え、そっと覗き込む。

「憶えててくれたんだ?」
「そりゃ・・・ね」
「嘘ばっかり」

くすっと笑みをもらす。

「このために来たの?」
「うーん。厳密にはそうじゃない・・・かな?」
「でもいい。嬉しい。ありがとう、じ」

再び名前を呼びそうになって、慌てて口をつぐむ。
全く、人前で名前を呼べないなんて何て不便なのだろう。

つ、と顎にジョーの指がかかった。

「?!」

そのまま上向かせられ、そうして――額に、頬に、そして唇に――彼の唇が優しく触れた。

どさ、と荷物が地面に落ちる音。
はっと音のした方を見つめると、ペアを組んでいる彼が肩からフランソワーズの荷物を落とし、真っ赤になって二人から数歩後退していた。

「え?あ、・・・やだ」

隣の彼の存在を、ジョーの姿を認めた途端すっかり忘れていた。
そして、いまの一件を見られていたことに思い当たり、一気に頭に血が昇った。

「・・・もうっ」

軽くジョーの胸を突く。

「――わざとでしょっ!?」
「さあ?」

にやりと笑って、どこ吹く風のジョー。

「もうっ・・・・バカ」

そのまま、ジョーの胸に額をくっつけ・・・もたれてしまう。バラの花をつぶさないように、ジョーの腕の中に収まるのはちょっとだけ大変だった。

「ジョーのばか・・・来るなら言ってよねっ」
「驚かせようと思ってさ」
「もう。驚いたわよ」
「ちゃんと顔見せて」

自分の腕の中に埋もれていたフランソワーズを発掘する。発掘された方は、彼の胸から少し離された形になったので少しだけ不機嫌だった。

――可愛い。

唇をとがらせ、少し怒ったようでいて――それでもジョーの腕から逃れない。むしろ、ジョーの腕が緩むと、身体をよじってしっかり抱き締めるように要求するのだった。
そっと髪にキスすると、再び彼女を抱き締める。

こんなに可愛い彼女に会えるのなら・・・こういうの、またやってもいいなぁと思うジョーだった。

 

***

 

バレエ団員の彼は、存在をすっかり忘れられてしまっていた。