――来た。 フランソワーズの長い髪が揺れる。 「ふ・・・」 もたれていた木から身体を離し、フランソワーズ、と名を呼び駆け寄ろうとした彼の言葉は途中で不自然に空中に消えた。 ――アイツは誰だ? 当然のような顔をしてフランソワーズの隣を占め、よく見れば彼女の荷物までその肩にかけている。 ――アイツ。・・・見たことがあるぞ。 いつぞやフランソワーズを迎えに行った時、彼女と一緒に歩いていた男。 確か・・・同じバレエ団のひとだと言っていたな。 当たり前である。 一緒に組んで踊っていると言ってたっけ。 更に、彼女が言っていたことを思い出す。
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「――じゃあ、あそこにいるのは良く似た知らないひとだよね?」 言われるがままに、彼の視線を追う。 「――じ」 ジョー!と言いそうになって、慌てて飲み込む。
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「――お疲れさま」 そこには、会いたかった優しい褐色の瞳の持ち主が立っていた。 「どうし」 ばさっと目の前に差し出されたのは―― 「これっ・・・」 バラの花束だった。それも、いったい何本あるのかというくらいの。 「――キレイ・・・・ありがとう」 花束を胸に抱え、そっと覗き込む。 「憶えててくれたんだ?」 くすっと笑みをもらす。 「このために来たの?」 再び名前を呼びそうになって、慌てて口をつぐむ。 つ、と顎にジョーの指がかかった。 「?!」 そのまま上向かせられ、そうして――額に、頬に、そして唇に――彼の唇が優しく触れた。 どさ、と荷物が地面に落ちる音。 「え?あ、・・・やだ」 隣の彼の存在を、ジョーの姿を認めた途端すっかり忘れていた。 「・・・もうっ」 軽くジョーの胸を突く。 「――わざとでしょっ!?」 にやりと笑って、どこ吹く風のジョー。 「もうっ・・・・バカ」 そのまま、ジョーの胸に額をくっつけ・・・もたれてしまう。バラの花をつぶさないように、ジョーの腕の中に収まるのはちょっとだけ大変だった。 「ジョーのばか・・・来るなら言ってよねっ」 自分の腕の中に埋もれていたフランソワーズを発掘する。発掘された方は、彼の胸から少し離された形になったので少しだけ不機嫌だった。 ――可愛い。 唇をとがらせ、少し怒ったようでいて――それでもジョーの腕から逃れない。むしろ、ジョーの腕が緩むと、身体をよじってしっかり抱き締めるように要求するのだった。 こんなに可愛い彼女に会えるのなら・・・こういうの、またやってもいいなぁと思うジョーだった。
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バレエ団員の彼は、存在をすっかり忘れられてしまっていた。
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