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忙しいジョーはすぐに鈴鹿へ戻って行った。
本当に、それだけのために広島までやって来たのだった。

彼の後ろ姿を見送り――胸にバラの花束を抱き締めた。

 

***

 

無事に打ち上げも終わり、――フランソワーズとそのカレシの話で一部で大いに盛り上がったことは言うまでもない――いまはホテルの部屋に居る。
荷物の整理も終わらせ、あとは寝るばかりだった。

卓上のバラの花束を見つめ、そうっと自分の唇を指でなぞる。

一瞬の逢瀬。
刹那のくちづけ。

そして、耳を掠めた彼の声を思い出していた。

『忘れないで。僕は君のファン第一号なんだからね』

ジョーったら。
残念ながら、違うのよ?
だって私のファン第一号は、お兄ちゃんだもの。もうずーっと前から。
だからどんなに頑張っても、ジョーはファン第二号なのよ?

と言うと、彼は絶対に拗ねるので未だに言えていない。
かといって、兄にファン第一号をジョーに譲るように言うわけにもいかなかった。そんなことを言おうものなら、兄はすかさずジョーに手袋を投げつけるのに決まっているのだから。

小さくため息をついて、そのままテーブルに身体を倒す。両肘を曲げて枕代わりにして。
流れるように髪がテーブルの上に広がる。

本当に一瞬だったけれど、それでも嬉しかった。

来てくれたことが。

約束を憶えていてくれたことが。

――この花、どんな顔して買ったんだろう?

それを思うと笑みが浮かんでくる。

きっとすごーく汗かいて・・・そして、焦ってつい「全部ください」って言っちゃったのよきっと。
そうじゃなくちゃ、こんな花束としては非常識なくらいの本数は有り得ないわ。
・・・なんて言ってラッピングしてもらったんだろう?

セロハンと、薄いピンクの紙に包まれ、ゴールドのリボンで束ねられている。

プレゼントです。・・・だけじゃ、ないわよね?

彼女に贈るんです。とか、言ったのかしら?

――聞きたかったな。そう言うの。

胸の奥が温かくなってくる。

大好きよ。

私のジョー。

 

『知ってるよ。僕のフランソワーズ』

 

――なんちゃって!!

自分で言って自分に照れるフランソワーズだった。

 

長年の夢――終演後に楽屋に恋人が来てくれる。花束を持って――が、今日叶った。
叶ってみれば、それは本当に甘美な出来事であった。
けれども。

人前でキスするのなんて聞いてないもん。

普段とは違うシチュエーションなだけに――これから先もこういうのが繰り返されるのなら、それはちょっと困った事態かもしれなかった。

・・・いいわ。今度、お返しするから。