「クリスマスプレゼント」

 


―1―

 

――参ったな。


僕はショーケースを前に進退窮まっていた。
否、より正確に言うならショーケースの上に出された数点のアクセサリーを前にして、である。

別に勝てない戦いというわけではない。この場所には慣れているし、幾度となく簡単に勝利してきた。
がしかし、それでも僕は今回ばかりは苦戦を強いられていた。

後ろに控える将軍は一歩も退かない構えである。
頬に笑みを貼り付け、何か買わない限り離さないわオーラを出している女店員ほど怖いものはないだろう。

今の時期の男性にとって。


「こちらはただいま女性に大変人気となっております」

いや別に人気かどうかなんてどうでもいいんだ。

「こちらは定番となっております」

僕の顔色を読んだのか、人気商品を脇に除けて別のトレイが魔法のように現れた。
逃げ場はない。さすが将軍だ。

「定番…」

しかも僕は、定番という安全パイに心を惹かれてしまっていた。

「シンプルで飽きがきませんし、どんなお洋服にも合わせやすいですよ」

――だよな。

思わず将軍にのせられそうになる。

「シルバーとゴールドがありますが、やはりこちらのプラチナがよろしいかと」

プラチナ。
確かに綺麗だった。
これならきっと似合うだろう。
たぶん。
いや、絶対。

「じゃあ、これ…」
「こちらはデザインが幾つか展開されておりまして、それぞれ少しずつ違っております」

あああ。だからもう。
ちょっとしたデザインの違いとかそんなのどうでもいいんだってば。
勝利は決まったのだから、更に混乱させるようなことをしなくてもいいじゃないか。

「――ところで、」

混乱する僕をよそに将軍は咳払いをするとにっこり笑った。
これからトドメを刺しますよといいたげな笑みに見えたのはきっと気のせいではないだろう。

「サイズはおいくつでしょうか?」

 



―2―

 

そもそもはフランソワーズへのクリスマスプレゼントである香水をちょっとした事故で割ってしまったことが始まりだった。
内緒にして驚かそうとしていたのになんたる無念。
しかも翌日、空港へフランソワーズを迎えに行く約束をしていたのだ。
一晩中、部屋に充満した香りと戦ったけれど虚しく敗戦し、フランソワーズにばれてしまったのだ。
そしてその香水がお気に入りだったフランソワーズに早めに頂戴とねだられて、結果、一ヶ月も早くクリスマスプレゼントを渡すことになってしまった。

本人はご満悦だったけれど、これって僕としては多いに計算が狂ったというしかない。

だってやっぱりクリスマスプレゼントはクリスマスに渡したいではないか。
他の国のひとはどうか知らないが、僕は日本人だったからクリスマスイコール恋人たちの日というのが刷り込まれてしまっている。
だから、そんな特別な日に手ぶらというのは絶対にイヤだった。

フランソワーズにクリスマスプレゼントを渡したい。
それも、できたらサプライズの。

しかも本人が欲しがっていたもの――


そう考えたら、やっぱりひとつしか浮かばなかった。
ずっと前から何度も「いつか贈るよ」と口約束だけはしていたけれど、果たしていなかったもの。

指輪である。

 



―3―

 

フランソワーズには過去に幾度かジュエリーをプレゼントしていたし、僕自身、貴金属店には何ら臆するものはない。が、ブツが異なるとこうも違うのか、今の僕はいつもの僕と全く違っていた。

ネックレスだったらサイズなんて無いし。ブレスレットだってそうだ。
指輪だけなんだ、サイズが必要なのって。

だけど。

フランソワーズの指のサイズって…

……

………身体のサイズならわかるのに。


「お客様?」

よからぬコトを考えていたわけではないのに、訝しげな顔をされるとつい謝ってしまいそうで自分が怖い。

「あの、失礼ですがお付き合いなさっている方への贈り物ではないのでしたら、指輪ではなく」
「あ、あの。ステディな彼女です」

余計な気を回しかけた将軍に思わず強気に出てしまった。
すると将軍は安心したようににっこり笑い、とんでもないことを言い出したのだ。

「では、お電話なさって訊いてみたらいかがでしょう」

え。

いや、それは。

だって指輪を贈ろうとしてるってことは内緒なんだし。
それに――そう、そうやってサプライズなことを考えている野郎は山ほどいるだろう?
将軍なんだからそういうことには慣れているんじゃないのか?

「失礼しました。内緒なのですね。承知しました」

エスパーなのか?

「では…念のために伺いますが、こちらは薬指でよろしいのですね?」
「…はい」
「そうしますとこちらのサイズが女性のサイズとしては…」

 

そうしてサイズの講釈を受け、僕は無事に指輪を受け取ることができた。

まったく。

最初から言ってくれればいいのに。

サイズが合わなくてもあとで直しはきくのだという。
そんなの、常識なのかもしれないが何しろ指輪を買うのは初めてだったし、その緊張感たるや尋常ではなかったんだぞ。
おかげで僕はプラチナのなんとかっていう有名デザイナーの稀少なものを購入するハメになってしまったのだ。
言われるままに見せられた指輪の値段やランクなど素人の僕にわかるわけもない。
まさに将軍の大勝利であり、僕はさぞやカモネギに見えたことだろう。

とはいえ、満足のいく買い物だったことは否定できない。
フランソワーズにぴったりだと納得のいくものが見つかったのだから。


――まったく。

フランソワーズのためじゃなかったら、誰がこんなことするもんか。

 




―4―

 

「――ん。ちょっと緩いみたい」

フランソワーズが左手の薬指を見つめ心配そうに言った。

「だったら外しておけば?」
「イヤよ。絶対外さないわ」
「…失くしても知らないぞ」
「平気よ。もし外れてもシーツのどこかにあるでしょう」
「…かもな」

指輪を渡してからというもの、今日はずっとそれに心を奪われているフランソワーズ。
それは嬉しいといえば嬉しかったけれど――拒絶されるよりはずっといい――それでも、この状況下でもそっちが優先なのかと思うと面白くなかった。

だから僕はちょっと強引にフランソワーズの唇を奪った。

「ん、ジョーったら…」

指輪ばかり気にするフランソワーズが悪い。
一糸纏わぬ姿になっても指輪だけは外さないのだから。
もっとも、あっさり外されてもそれはそれで悲しいからいいといえばいいのだけれど。

まったく、僕はいったい何をどうしたいんだ。


「…ジョー」

耳元でフランソワーズが僕の名を呼ぶ。

熱く湿った声で。


「…フランソワーズ」

僕の声も熱く掠れる。

絡めた指先から互いの熱が移り合ってひとつの同じ温度になる。

もう一度キスしようとフランソワーズを見つめた時、その目元に涙の粒が盛り上がっているのを見て驚いた。

えっ、どうして。

「フランソワーズ?」

まさか痛かった?
いやいや待て待て、まだ痛いとかそういう段階までいってないぞ。

「…違うの、ジョー」

フランソワーズが僕の顔を見て恥ずかしそうに微笑んだ。
僕はきっとかなり心配そうな顔をしていたのだろう。安心させるようにフランソワーズの指先が頬に触れた。

「嬉しくて、」

そ、そうか。

なんだ。

「――怖いの」

怖い?

「…いつか」

あなたを守れないかもしれないと思うとそれが――怖いの。

フランソワーズはそう言ってちょっとだけ泣いた。

僕達は常に危うい世界にいる。永遠に続くわけはない平和な世界。
いつか均衡が崩れたときにやってくるのはサイボーグとしての僕達の闘い。

その覚悟はとうの昔に出来ていたはずだ。

おそらく、今夜、指輪という普段とは違う贈り物をしたことが彼女にとって重荷になってしまったのだろう。
別に永遠の愛を誓ったわけではないよとそう言い添えたはずなのに。

だから指輪はイヤなんだ。

ただのリングなのにそれに永遠とか真実とか愛とか約束事のような意味をこめるから。

約束なんて、僕達にはとてもじゃないができやしないのに。


だから僕は約束すると言葉にする代わりに強く彼女を抱き締めた。
言葉や指輪なんてものに頼ることなく、僕は絶対にフランソワーズを離さない。


永遠に。


普段、永遠なんて言葉は使わないけれど今夜くらいはいいだろう。

恋人たちが一緒にいることのできる特別な日なら。