「クリスマスプレゼント」
――参ったな。
別に勝てない戦いというわけではない。この場所には慣れているし、幾度となく簡単に勝利してきた。 後ろに控える将軍は一歩も退かない構えである。 今の時期の男性にとって。
いや別に人気かどうかなんてどうでもいいんだ。 「こちらは定番となっております」 僕の顔色を読んだのか、人気商品を脇に除けて別のトレイが魔法のように現れた。 「定番…」 しかも僕は、定番という安全パイに心を惹かれてしまっていた。 「シンプルで飽きがきませんし、どんなお洋服にも合わせやすいですよ」 ――だよな。 思わず将軍にのせられそうになる。 「シルバーとゴールドがありますが、やはりこちらのプラチナがよろしいかと」 プラチナ。 「じゃあ、これ…」 あああ。だからもう。 「――ところで、」 混乱する僕をよそに将軍は咳払いをするとにっこり笑った。 「サイズはおいくつでしょうか?」
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そもそもはフランソワーズへのクリスマスプレゼントである香水をちょっとした事故で割ってしまったことが始まりだった。 本人はご満悦だったけれど、これって僕としては多いに計算が狂ったというしかない。 だってやっぱりクリスマスプレゼントはクリスマスに渡したいではないか。 フランソワーズにクリスマスプレゼントを渡したい。 しかも本人が欲しがっていたもの――
指輪である。
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フランソワーズには過去に幾度かジュエリーをプレゼントしていたし、僕自身、貴金属店には何ら臆するものはない。が、ブツが異なるとこうも違うのか、今の僕はいつもの僕と全く違っていた。 ネックレスだったらサイズなんて無いし。ブレスレットだってそうだ。 だけど。 フランソワーズの指のサイズって… …… ………身体のサイズならわかるのに。
よからぬコトを考えていたわけではないのに、訝しげな顔をされるとつい謝ってしまいそうで自分が怖い。 「あの、失礼ですがお付き合いなさっている方への贈り物ではないのでしたら、指輪ではなく」 余計な気を回しかけた将軍に思わず強気に出てしまった。 「では、お電話なさって訊いてみたらいかがでしょう」 え。 いや、それは。 だって指輪を贈ろうとしてるってことは内緒なんだし。 「失礼しました。内緒なのですね。承知しました」 エスパーなのか? 「では…念のために伺いますが、こちらは薬指でよろしいのですね?」
そうしてサイズの講釈を受け、僕は無事に指輪を受け取ることができた。 まったく。 最初から言ってくれればいいのに。 サイズが合わなくてもあとで直しはきくのだという。 とはいえ、満足のいく買い物だったことは否定できない。
フランソワーズのためじゃなかったら、誰がこんなことするもんか。
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「――ん。ちょっと緩いみたい」 フランソワーズが左手の薬指を見つめ心配そうに言った。 「だったら外しておけば?」 指輪を渡してからというもの、今日はずっとそれに心を奪われているフランソワーズ。 だから僕はちょっと強引にフランソワーズの唇を奪った。 「ん、ジョーったら…」 指輪ばかり気にするフランソワーズが悪い。 まったく、僕はいったい何をどうしたいんだ。
耳元でフランソワーズが僕の名を呼ぶ。 熱く湿った声で。
僕の声も熱く掠れる。 絡めた指先から互いの熱が移り合ってひとつの同じ温度になる。 もう一度キスしようとフランソワーズを見つめた時、その目元に涙の粒が盛り上がっているのを見て驚いた。 えっ、どうして。 「フランソワーズ?」 まさか痛かった? 「…違うの、ジョー」 フランソワーズが僕の顔を見て恥ずかしそうに微笑んだ。 「嬉しくて、」 そ、そうか。 なんだ。 「――怖いの」 怖い? 「…いつか」 あなたを守れないかもしれないと思うとそれが――怖いの。 フランソワーズはそう言ってちょっとだけ泣いた。 僕達は常に危うい世界にいる。永遠に続くわけはない平和な世界。 その覚悟はとうの昔に出来ていたはずだ。 おそらく、今夜、指輪という普段とは違う贈り物をしたことが彼女にとって重荷になってしまったのだろう。 だから指輪はイヤなんだ。 ただのリングなのにそれに永遠とか真実とか愛とか約束事のような意味をこめるから。 約束なんて、僕達にはとてもじゃないができやしないのに。
恋人たちが一緒にいることのできる特別な日なら。
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