旧ゼロ
    どーんとナインを押し倒した……つもりだった。少なくともスリーは。 何しろ、思い切り突進して肩を両手でどんと突いたのだ。つまり、突き飛ばしたことになるわけだけれど、いっぱいいっぱいのスリーにそこまで考える心の余裕はなかった。 が、しかし。      
   
       
          
   
         「……なんだい、急に」
         ナインはびくともしなかった。
         「えっ?」
         スリーはびくともしないナインを見上げ、答えに詰まった。
         「ふうん?なるほど、僕と格闘技の稽古でもしたいってわけか。いいだろう。ほら、かかっておいで」
         「えっ?ち、ちが……」
         「遠慮しなくてもいいよ」
         にっこり笑って構えるナイン。
         ――どっ、どうしてこうなっちゃうのっ!?
         スリーの心の叫びがナインに届くことはなかった。

    「――なあんてねっ」 とはいえ。 ナインを押し倒すという当初の目的がもしも達せられていたらいたで、そこから何をどうするつもりもなかったからきっと困った状況になっていたに違いない。 そう。 苦痛はない。   むしろ……   ――あったかくて、気持ちいい……   なんだか幸せだったから。      
   
       
          
   
         えっ?
         笑いを含んだ声がしたのは、スリーが再び「どーん」をした後だった。
         これはもう本当に格闘技の稽古をしなくてはならないと腹をくくったスリーが半ばやけくそでナインに突進した時。ナインは構えを解いて、あっけなくその腕のなかにスリーを捕えてしまっていた。
         ちなみに、スリーの突進ごときではちらとも揺らがないナインであるのは言うまでもない。
         「え、と、あのぅ」
         スリーはもがく。
         が、ナインはその動きをもがっしりと制御していた。
         即ち、ナインの胸に頬をおしつけたままスリーは全く身動きが取れない状態である。
         「ん、ジョー、離して」
         「なぜ?」
         「なぜ、ってだって」
         「――本当は僕を押し倒すつもりだったくせに」
         「えっ?」
         「いやなんでもない」
         なんだか嬉しそうに言うナイン。
         スリーはナインの顔を見ようとしたけれども、がっしり抱き締められて全く動けなかった。
         だからわからなかったけれど、ナインはえらく上機嫌なのだった。
         ――さてと。これからどうしようかな。
         鼻歌なんぞが聞こえてきて、スリーはなにがなんだか更にわからなくなった。
         わかるのは、動きがとれないことと、ナインに思い切り抱き締められていることだけ。
         とすれば、今のこの状況は、まぁ助かった…と言えなくも無い。
         だからスリーは、ともかく相手はナインであるし、苦痛はなかったからそのまま抱き締められているに任せることにした。
