確かに眼中になかった。 「ちょっとジョー」 言いつつ、フランソワーズを押し込むように彼女の部屋に入り込んだ。後ろ手にドアをロックすると、ジョーは底光りのする瞳でじっとフランソワーズを見た。 「まだ話は終わってないよ」 言いながらフランソワーズは携帯を取り出してジョーに渡した。 「幾らでも見ていいわ。なんだったら電話しても構わないし」 しかしジョーは、渡された携帯を一瞥すると興味なさそうにフランソワーズに返した。 「いいの?調べなくて」 酷いわ全然信じてないじゃないというフランソワーズの声に耳を貸さず、ジョーは数歩進むとフランソワーズを抱き締めた。
耳元で囁くその声は心なしか震えているようだった。 「……確認するのが怖いんだ」
相反する思いが交錯する。 それはジョー自身にもどうにもできないものであった。
そうやって生きてきた。 鑑別所を脱走した時だって、一緒に逃げようと結託した友人たちさえ見捨てて逃げた。一人が捕まっても助けに行かずそのまま駆け抜けた。それが普通だと思っていた。 結局は独りなのだ。 そんなジョーだったから、「何があっても絶対に見捨てない仲間」ができたからといってすぐに適応できるものではない。 ジョーは元来優しい人間である。 しかし。 元々はそうではなかった。幼い頃は友人を信じ、周りの大人を信じていた。 そして実際、そうやって生きてきた。 そんな生き方をそう簡単に変えることはできない。 が。 フランソワーズに出会い、彼女と触れ合うことによってそれらは瓦解した。 だからジョーは信じている。 何があっても彼女は自分を裏切らないし、何があっても信じていてくれる。だから自分はそれに応えようと。 その反面。 万が一にでも彼女を信じきれなくなったら。 そうしたら。 その時、自分は――どうすればいい? 過去に誰も信じなければ傷つかないという鎧を手に入れていたはずなのに、今はそれが無い。 だから。 もしも彼女が自分に背を向けた時。いったい、自分はどうなる? それを考えると怖かった。 誰も信じない、誰からも信用されない、そんな自分に戻るだけだと思っても、一度得た信頼関係は強い。 それが壊れた時。
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「ジョー?」
「――ばかね。ジョーったら」 くすくす笑いがジョーを包む。 「怖いことなんてないでしょう。ジョーに嘘なんてつかないわ」 なだめるように撫でられる髪。 それらに包まれて、ジョーの心にある不穏な思いはゆっくり凍結していった。 「いつも本当のことしか言わないわ。……信じてくれないの?」 甘えるように、でも悲しげに言われ、ジョーははっと顔を上げた。 「信じてるよ!だけど」 語尾が揺れると同時に自信なさげに視線も揺れた。 まっすぐジョーを射る蒼い瞳。 「もうっ。本当にヤキモチやきなんだから」 図星である。が、見透かされているのが悔しいから何も言わない。 「酷いわ。こんなに好きなのに」 ないよ、と小さく言う。 そんな様子にフランソワーズはやれやれと息をついた。 ちょっと背伸びしてジョーの唇にくちづけると、フランソワーズは改めてジョーを抱き締めた。 「しょうがないわね。許してあげるわ。その代わり、うんと高いお店予約しちゃうから」 許してあげる――と聞こえて、ジョーはあれ?と内心首をかしげた。 しかし。 腕のなかのフランソワーズが可愛かったし、なんだか機嫌が良さそうだったので――まあいいやと思った。 そんな単純な男でもあった。
フランソワーズがジョーのそんな心のなかを知っているのかわかっているのかどうかは謎である。 ただ。 彼女がこうして自分を信じて一緒に居てくれる限りは。
一緒にいてもいいのだと――信じているジョーであった。
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「お店……?……なんのことだっけ?」 ぽかんとしたジョーを見て、フランソワーズの機嫌は一気にマイナスに向かった。 「あ。酷いっ。自分から言ったくせに全部忘れるなんてっ」 そんなの誘ったかなとジョーの眉間に皺が寄ったところで、その眉間にフランソワーズのパンチが炸裂した。 「いって」 ジョーのばかもう信じられないっというフランソワーズにただぽかんとするジョー。
ギルモア邸の日常は日々こうして過ぎてゆくのだった。 |
2013/12/23 拍手ページ掲載(カウンター500.000Hit記念)