セプテンバー・ヴァレンタイン

 

 

―4― 

 

「いや?」
「嫌だ」

嘘だ、って言ってくれ。

「嫌なんだ?」
「嫌だね」
「絶対?」
「うん」
「何があっても?」
「うん」
「じゃあ、どうしてさっきはいいって言ったの?」
「・・・夢だと思ったから」
「夢?」
「・・・だって。フランソワーズがそんな事言うわけないから」
「・・・いつか、言うかもしれないのに?」
「うん」
「その時も、いいよ、って言うの?」
「言わない」

君が大きく息をつく。
そっと僕の頬に手をあてて。

「・・・ごめんね」

僕の頬を指先でそっと拭う。

「・・・ジョーも泣くのね」
「泣いてた?」
「うん。泣いてた」
「君も泣いたよね」
「・・・だってあなた、嫌だ、って言ってくれないんだもの」
「いや、だからそれは」
夢だと信じて疑わなかったから。

「すぐに、嫌だ、って言ってくれるとばかり思ってたから」
びっくりして泣いちゃった。
と、君は小さく言う。

「・・・フランソワーズ?」
「なぁに?」
「きみ、もしかして・・・僕を試した?」
「試してないわよ?」
「だったら」
どうして別れるなんて言い出したんだ?
それとも、本気?

「フランソワーズは僕と別れたいの?」
「ううん」
「じゃあどうしてそんな事言うの」
「・・・9月だから」

は?

「9月?」
「うん。セプテンバー・ヴァレンタインて言ってね。女性から別れを切り出してもいい日なんですって」
「・・・だからって、どうして・・・」
「言い伝えだから」

・・・・・・・・・・。

「・・・フランソワーズ。怒るよ」

でも。
僕を見上げた蒼い瞳には涙が浮かんでいて。

「ごめんなさい。でも、そこで彼氏が『嫌だ』って言ってくれたら、ふたりは永遠に別れない、って・・・」
雑誌に書いてあったから。
ふと見ると、机の上に女性雑誌が広げておいてある。

「・・・ばかだなぁ」
言って、ぎゅっと抱き締める。
ただの雑誌の特集記事なのに。
信じて実行するフランソワーズが可愛い。

「大体、きみ、僕と別れたいっていつか言うつもりなの?」
「・・・ううん。絶対、言わない」
「じゃあ、今日で最後な。こういうのは」
「・・・もう一回、きいてもいい?」
「うん?」
「別れて欲しいの。私と」
「い・や・だ!」

 

 

それ以後、君の口からその言葉を聞いた事はなかった。
例え、冗談でも。

 

 

・・・もう、目は視えていない。
君の声だけが、遠く近く聞こえる。

薄れゆく意識のなかで、あれはどのくらい前の事だっただろうと思い返していた。

・・・フランソワーズ。君の言った通りになったね。
僕たちは永遠に別れない。

 

別れなかった。

 

・・・でも。

ごめん。
僕は先に逝く。

 

君の声が聞き取れなくなってゆく。

 

でも、僕は幸せだった。

君の膝の上で。
君の腕の中で。

・・僕は、静かに目を閉じた。