「神秘の花」

 

 

 

ドジを踏んだ。

失敗した。


まったく。慣れないことをするとこうだ。


僕はため息と共に呪詛を吐き出し、一息ついた。
とりあえず落ち着かなくてはならない。

――今日はフランソワーズの誕生日だし。

そう。
だから、早く帰らなければならない。ならない――の、だけど。
さて。どうやって帰ったらいいものか。そもそも帰れるのか僕は。
いやいや、悲観的になってはいけない。今日という日が終わるまでにはまだじゅうぶんに時間がある。
だから慌てることはない。じっくりと活路を見出せばいい。それだけのことだ。

――とはいえ。

僕はそっといま自分の居る位置を確認した。

空中だった。

右手には花が一輪。かなりの衝撃なのに散っていない。さすが、千年に一度だけ咲くという神秘の花だけある。
それを見つけ手折った瞬間、見事に滑落し今に至る。
左手は何も持っていない。僕の両足は空中にある。
つまり、マフラーが岩肌に引っかかってこうして空中滞在しているというわけだ。足元――というか地面は見えない。おそらく2000メートルくらい下だろう。僕の命運はこの丈夫なマフラーにかかっているといっても過言ではない。
たぶん両手が空いていたらどうってことなかっただろう。なにしろここまで素手で登ってきたのだから。
とはいえ、いま僕は自分で自分が誇らしい。空中に体が躍った瞬間でも花を手放さなかった自分が。
…まあ、フランソワーズがもしもここにいたら、バッカじゃないの花を放してさっさと登ってきなさいと言うだろうな。
でもこれは放さない。だってフランソワーズへのプレゼントなのだから。

千年に一度しか咲かない――というのが本当か嘘かは知らない。
でも綺麗でいい香りがするから本当かもしれない。

どっちでもいい。

フランソワーズが珍しく――本当に珍しく、見てみたいわと言ったから。
最初は、そんなかぐや姫のような無理難題を言ったって無理なものは無理だよと取り合わなかったのだけど。

たまにはちゃんとしたプレゼントを贈るのもいいかなって。柄にもなく思ってしまった。

だからこれはちゃんと持っていく。フランソワーズの元へ。
どうやって帰るかは――ジェットに連絡してみるか。

僕は脳波通信でジェットを呼びながら、彼が来るまでこのマフラーがもつよう祈っていた。