原作93「ニューイヤーキス」

 

 

 

「カウントダウンパーティ?」
「ええ。バレエ教室の子がね、みんなで行きましょうって」
「ふうん…いいんじゃない、行ってみたら」

帰りは迎えに行くから電話してと続けようとしたら、

「あら、ジョーも行くのよ」

と、笑顔で言われて驚いた。

え、僕?

「えー。いいよ、メンドクサイ」
「だめよ。ペアで行くのが決まりなんだから」
「年越しだろう?静かに除夜の鐘を数えながらだな」
「何言ってるの。ここでは聞こえないじゃない」

まあ、確かに。
近くに寺はないし、夜は海の音しかしない。

「テレビの番組でやるんだよ」
「もう。唇尖らせて子供みたいね」

うるさいなあ。
カウントダウンパーティなんて、外国のひとの行事だろ?横文字だし。あ、フランソワーズは外人か。

「いいよ、僕は。寒いし」
「いいじゃない、行きましょうよ。あったかくして行けば大丈夫よ。場所は横浜だっていうし、遠くないわ」
「うーん」
「海辺の夜景が綺麗なんですって」
「ここだって海じゃないか、いつも観てるだろ」
「もう、ジョーったら駄々っ子ね」

フランソワーズが僕の鼻先をつつく。

「だって、私一人で行ったら誰か知らない人とキスしちゃうわよ?」
「えっ」

なんだソレ。大胆な浮気宣言か?

「年越しの時にね、キスするのよ。まあ、新年のご挨拶みたいなものだけど…」

フランソワーズは思わせ振りに唇に指をあててこちらを見る。

「でも、ペアで行かないとキスする相手がいないでしょう。そうしたら、その時のノリで誰かと…」

ななななんだって?
だ、だめだそんなの。

一瞬、頭の中に誰か知らない野郎とキスするフランソワーズが浮かびかけた。
が、大体そんな想像したことないんだ。

冗談じゃないっ。


「フランソワーズ、そんなのっ…」
「ウフ。一緒に行くわよね?ジョー」


当たり前だっ。

 

 

***

 

 

そんなわけで、僕はいまここにいる。
横浜のカウントダウンパーティ会場に。
カウントダウンが始まると、みんな連れだって外に出た。もちろん僕もフランソワーズと一緒に外に出た。
で。
年越しのキスとやらに備えていたのだけど。
なんていうか、ぎこちない。
だってそうだろう。
まず第一に周りにひとがわんさかいる。こんな中でキスするなんて、…本当に?
そして第二にタイミングがわからない。たぶん誰かがどこかでカウントダウンしてくれる…んだろうけれど、いつからスタンバイしていればいいんだ?それまでフランソワーズと見つめあっていればいいんだろうか。
いや、それこそ二人きりならともかくこの喧騒の中、それはそれで浮くんじゃなかろうか。
ううむ。勝手がわからない。
しかし、悩む僕をよそにフランソワーズは思いきり楽しんでいた。回りの人々と楽しげに会話し、たまに僕に視線を合わせにっこりしてみせる。僕の目の届く範囲にいてくれるから、こちらとしては安心なのだが…ううむ。
で、これからこのあとはどうすればいいんだ?
いよいよカウントダウン、年越しとなって外に出たものの、僕の頭はぐるぐる色々な事を考えて忙しい。
いや実際、どのタイミングでキスしたものか…

と、その時。

海上に花火が上がった。

ああ、横浜では花火が上がるのか…と、思わず花火を見てしまった。

その一瞬。

フランソワーズが誰かに声をかけられ、くるりと振り返った瞬間。
見知らぬ男がキスをした。
フランソワーズに。


「え、な、…っ?」


なんだなんだ、なにが起こった?


「んもう、やあね飲み過ぎよ」
「ニューイヤーキスは幸せのキスだからみんなとするんだ」
「もう、何言ってるの」

軽口を叩き合う二人。
そして見知らぬ男はそこらにいた他の女性とも唇を合わせ…なんなんだ、一体。

「ん、ジョー?どうかした?」

どうかしたって、どうかしたのはそっちだろう。

「え、今のキス?ただの挨拶じゃない」

いや、そりゃ君にとってはそうだろうけど!だけど日本人の僕には到底…
たぶん、僕が悪い。
自業自得だ。
不慣れな行事だから、精神的に逃げ腰になっていた。
だから、フランソワーズの肩に手を置いていたけれど言うなれば添えていただけ。拘束力はない。
もっと力をこめていたら。
いや、腕を回していたら。
そう、いつものようにちゃんと抱き締めていたら。
そうしていたら、こんな悲劇は起こらなかったんだ。

「花火、綺麗ね。年越しに花火があがるなんて知らなかったわ」
「フランソワーズ」

僕は断固とした態度でフランソワーズを引き寄せた。

「ジョー?花火見ないの?」
「まだ僕とキスしてない」
「もしかして怒ってるの?やだ、だって本当に唇を合わせただけのキスでジョーのとは全然ちが」

だって、キスはキスだろ!

僕はフランソワーズを引き寄せると頭突きするみたいに強引に唇を奪いにいった。
今度は邪魔が入らないように、しっかり抱き締めて。

そう、大事なものは奪われないようしっかりと腕のなかに抱き締めていないと駄目だ。


フランソワーズみたいな子は特にね。

 


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