原作93
2016 バレンタインデー

 

 

「えっ?」


ジョーはきょとんと首をかしげた。


「何?どうしたの」
「……失敗しちゃったの」


何が?

何の事?


という問いが頭を駆け巡ったのは一瞬のこと。すぐに察した。
なにしろ、今日は起きた時から邸中に甘い香りが充満していたのだ。
何の日だっけ――と考察するのも不粋な話である。
しかし、朝食が過ぎて昼食が過ぎておやつの時間も過ぎたのに何もそれらしいものは出てこない。
これは相当凝ったものでも作っているのかなあなんてぼんやり思っていた矢先だった。

「え、と」

しかしここは何をどう言ったらいいのだろうか。
そもそも慰める場面なのだろうか。
一応、「貰う側」としては「何も知らない体」を装ったほうがいいのではないだろうか。

だからジョーはその線でいくつもりだったのだけれど。

エプロンの裾をぎゅっと掴み今にも泣き出しそうなフランソワーズを前にすると、そんなことはどうでもよくなった。

「ケーキを作るつもりだったんだけど、オーブンが調子悪くて」
「うん」
「ううん、オーブンが悪いんじゃないんだわ、私の手際が悪いから」
「うーん」

ええと、これってチョコの話…で、いいんだよ、な?

今さらながら何の話なのか自信がなくなったジョーである。が、

「今日はバレンタインなのに」

というフランソワーズの涙声に自信を得た。

「うん。でもまあ、大丈夫だよ」
「そんな気休め言わないで」
「いや…うん、だいじょうぶ」
「だってジョーにチョコを渡してないのに。渡したかったのに」
「うん。でも大丈夫」
「だから大丈夫って何が…」
「――チョコの匂いがするから、これでじゅうぶん」

ジョーはフランソワーズを抱き寄せるとその髪にキスをした。

「今日ずっとキッチンにいたからフランソワーズがチョコみたいだ」

 


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