不思議と痛みは感じなかった。

 

――当たり前である。

人間は怪我をした場合、アドレナリンが放出され痛いという感覚が麻痺するように出来ている。
そうでなければ、安全な場所へ逃げられないからだ。
つまりこの機構は、第二撃を避けるべく逃げられるように作られたものなのかもしれない。
従って、痛みを感じずにいられる時間は、逃げるのに必要十分な時間といえる。

だとしたら。


僕はいったいどうなるのだろう。


串刺しにされているままというのは、まだ第一撃を受けたままでいるわけだから、それが解除されなければ逃げることができない。
つまり――この状況に変化がない限り、痛みは感じなくてすむのかもしれない。
あくまでも――あくまでも、まだ「アドレナリン」というホルモンが体内に在るとするならば。


・・・サイボーグにもホルモンってあるのかな。


ジョーはぼうっとした頭で考えた。
そして、ちょっと笑った。


バカだよなぁ。そんなもの、あったってなくたって、どっちだっていいじゃないか。


むしろ「戦闘用」ならばあるに決まっている。


――サイボーグじゃなかったら即死だったのかな。


そんなことも考えてみたりする。
何しろ、時間はじゅうぶんにあった。意識は薄れてゆくけれども、なかなか完全にはなくなってくれなかった。
だからジョーは、豪く中途半端な状態にあった。
意識清明ではないけれど、意識混濁でもない。どちらでもない。どちらにもなれない。
それははからずも、人間でも機械でもなく、人間に戻れるわけでも機械のみの体になるわけでもない中途半端なサイボーグと同じようだった。

サイボーグは科学の粋を集めた最先端のものというわけではない。
人間にも機械にもなれない、ただの中途半端な「作品」だ。

もちろん、そう一律に言ってしまっては学者たちに失礼だろう。
例えば医療現場のように、機械に置換できる人体部分の開発が急務の分野だってある。全てが悪ではないのだ。
自分の人工骨一本、人工筋肉ひとすじ、人工皮膚一片、人工毛髪一本等々。それらがサンプルとして提供されれば、いっきに開発が進むだろう。
何しろ、現行のものよりも精度も耐用年数も段違いに良いのだから。
だったらここでこうして串刺しになって息絶えるというのは申し訳ない気持ちもする。


――どうせ死ぬのだったら。


せめて何かの役に立ちたかった。
今まで、何の役にもたってこなかった人間の自分。それが、サイボーグになって初めて誰かの役に立つことができる。

皮肉なものだった。

けれど、そう言ってしまえば全てがそうだった。
サイボーグになるまで、心から信頼できる仲間なんていなかったし、・・・恋人だってそうだ。
一夜限りならともかく、永遠に続く関係というものがあるなんて知らなかった。
だから、ジョー自身にとってはサイボーグになってからのほうが得たものが多かった。


――他のみんなは、失くしたもののほうが多かったのに。


なんだか可笑しくなってきた。
自分はいったいなんなのだろう、と。

生まれてすぐ要らないと言われ、要らない人間だと思って生きてきた。
だから自分を大切になんてしなかったし、それこそ、いつ死んでもいいと思っていたのだ。

それが、今ではどうだ。

自分を大切だと言ってくれるひとがいて――それも複数だ――必要だと言ってくれる。

それが嬉しかったから、自分を大事にするようになった。もしも自分に何かあったら悲しませてしまうから。
誰かを悲しませたくないと思ったのも初めてだった。


でも――悲しませてしまうだろう。

現に今、こうしておかしな状態になっているのだから。