「まったくお前はどうしてこう愉快な事態になってるんだ?」


微かに残った意識の隅で誰かの声がした。


「――どうだ、状態は」
「血管は逸れているわ。大丈夫よ」
「じゃあ、引き抜くか」
「待って、駄目よ――血管の損傷はないけれど、それでも貧血状態なのよ。止血されているぶん、いっきに出血性ショックに陥るわ。
点滴してからよ」

そうして腕に何か刺され、体内に温かいものが流れ込んできた。


――あったかい。


そして今までとても寒かったことに気がついた。

おかしなものだ。

それまで自分の体がどんなに冷えていたのか全く気付いていなかったし、寒さなど感じてもいなかったのにいったん温かさに触れてしまうと、
とてつもなく寒いのだ。
全身が震える。寒くて寒くてどうしようもない。なぜ今まで平気だったのだろう?


「博士、いかがですか」
「うむ。温生食を全開にして、それから保温パックで体を覆ってくれ。――ジョー。わかるか?私だ」


ジョーはうっすらと目を開けた。が、焦点がぼやけて合わない。ただ、人の形だけは認識できた。
それに、視覚は駄目でも聴覚は問題がなかった。
少し遠いけれど、聞き取れるし誰の声なのかも判別できる。


「・・・」


博士、と声に出したつもりがただ空気が洩れただけだった。
しかし博士にはそれでじゅうぶんだったようで、ジョーの耳元に顔を近づけて言った。


「ジョー、これからこのパイプを引き抜く。動くんじゃないぞ」


動けません――と心の中で言う。


「幸い、大血管は逸れておるが、それでも周囲の組織の挫滅は酷い。抜いた途端にあらゆるオイルと体液が失われることになる。
だから――いったん心臓を止める。そしてパイプを引き抜いてその部分の処置をしてから再び心臓を動かし、お前を搬送する」


わかりました。
でも――心臓を止めても僕は生き返ることができるんですか?


「ペースメーカーをオフにするだけだから大丈夫だ。そのほうがむしろ血液循環が滞るから体液の損失は少なくてすむ。
なに、オフっていっても実際は・・・まぁ、言ってもわからんか」


ええ、わかりません。でも――大丈夫なんですね?


「大丈夫だ。お前は死なない」
「よ・・・」


良かった。
フランソワーズを泣かせなくてすむ。

ジョーは大きく息を吐き出した。

そういえば、先刻から遠くに聞こえているのはフランソワーズの声ではなかろうか。
ということはいまここにいて、この状態を見てしまっているのだろう。


――泣いてないだろうか。

怖がってないだろうか。


何しろ、串刺しなのだ。
それは恐ろしい光景に違いない。
もしもフランソワーズがそういう状態で見つかったら、自分は正気でいられるかどうかわからない。

けれども聞こえてくるフランソワーズの声は冷静だった。
博士に指示を仰ぎ、それに忠実に従っている。


・・・良かった。

 

そうしてジョーは再び目を閉じて――全てを博士に委ねた。