「目を見ればわかる」

言わなくてもわかる――ですって?
そんなわけないじゃない!
私はイワンとは違うんですからね。
以心伝心?そんなの、日本人同士なら可能かもしれないけど、あいにく私はフランス人なの。
大事なことは言葉にしてくれなくちゃわからないし、ちゃんと言葉にして欲しいのよ。
そんなに難しいことなの?
好きって伝えるのって。
私があなたをどう思っているのか目を見ればわかるから大丈夫だよなんて、実際、聞きようによってはただの自惚れじゃない。
だから君も僕の目をみればわかるだろうですって?
冗談じゃないわ!
ジョーが「トレーニングに行ってくる」と口の中でもごもご呟いて出て行ってからずっと、私は怒りをぶつける相手がいなくて
ただリビングをぐるぐると回っていた。
坂道を降りてゆくジョー。足取りが速い。
本当に最初から浜辺でトレーニングするつもりでいたのか、これ幸いと逃げ出す口実に使ったのかは定かではない。
でもきっと、彼も心穏やかではないだろう。だって――歩きながら、時々拳を空気にめりこませている。
ジョーのばか。
ちゃんと言ってくれなくちゃわからないわよ、本当の気持ちなんて。
もちろん、あなたはきっと私を大事に思ってくれているでしょう。
でも。
それは、私が勝手に何となくそう思っているだけに過ぎなくて、実際にはどうなのか知る術はない。
大体――みんなの前ではよそよそしいし。
僕達は別になんて平気で言うし。
かと思うと、部屋でふたりっきりでいる時はずうっと抱き締めたまま離してくれない。
耳元で「カールなんてコンピューターには渡さない」だの「君を刺した男なんか知るもんか」だの、それはそれは聞きようによっては
愛の告白ともとれる言葉を口にしたりする。
でも、好きだとは言ってくれない。
愛してるなんてもってのほか。
言わなくてもわかるだろう?が、彼の口癖。
わからないわよ!
わかるわけないじゃない。
ちゃんと言ってよ。
ちゃんと言ってくれなくちゃ、私はずうっとあなたを疑ったままなのにそれをわかってくれない。
あなたに近付く女の子たち。
あなたが近付く女の子たち。
どれも誰も関係ないよって笑うけど、もしかしたら私もその「関係ないよ」の中のひとりかもしれない。
ただ一緒に居る時間が長いというだけの。
そんな私の不安な気持ちを全然わかってくれない。
言って欲しいのに。
ちゃんと言葉にして伝えて欲しいのに。
そうじゃないと私――あなたの気持ちを疑ってしまう。もしかしたら、私の片思いなのではないかしら、って。
あなたは私の事なんてちっとも好きではなくて――
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気付くとスポーツウエアに着替えてスニーカーを履いていた。
そうして玄関を出て坂道を下ってゆく。
だって――しょうがないじゃない。
ジョーが言ってくれなくても、それでも私は彼が好きなんだもの。
だからせめて私だけでもちゃんと伝えるべきではないかしら?
例えジョーが赤い顔して「いいよ、言わなくてもわかるから」って拒否しても――それでも言うわ。
あなたが好き
って。
大好き
って。
「ふふっ」
そう考えたら、なんだか楽しくなってきた。
ねぇ、ジョー?
あなたはその時、どんな顔をするのかしら。
困る?
照れる?
困っても照れても、今度は逃がさないから。私は自分の気持ちを言って、あなたの気持ちをちゃんと聞く。そう覚悟を決めたの。
本当に何とも思ってないんだよ困ったな――って言われても泣いたりしない。ちゃんと受け止めるわ。