「月夜」

 

 

 

前にジョーが怒ったことがあった。

君は僕に愛の言葉を言ってくれないと責めるけれど、だったら君はどうなんだ?

と。

ふだん、そんなことは話題にしないし言い争ったりもしないんだけど、その日はなんだか虫の居所がおかしかったらしい。

君は僕に何も言ってはいないのに、僕にはそれを求めるのかい?
おかしいだろ。


いつになく激昂していたわね…なんだか懐かしい。

そんなジョーが珍しくて、私はじっと彼を見ていた。
そして言ったのだ。

「あら、言ったじゃない。この前の夜」
「この前の夜…?」
「海水浴したあとの夜よ」
「海水浴…」

ジョーはしばらく記憶を探り、

「嘘だ、言ってない」
「言ったわよ」
「言ってない。あの夜は月の話しかしてないじゃないか!」

…たぶん私はたっぷり一分くらい黙っていたと思う。
びっくりしたのが半分、反省したのが半分。

だってね。

ねえ、ジョーって日本人よね?夏目漱石って読まないの?
ああ、…ジョーに風情を求めた私が悪かったわ。

「…もう、知らないっ」

確かに私なりにアレンジしたからわかりにくかったかもしれないけど…でも、ちゃんと言ったもの。


綺麗なお月様


って。
あのシチュエーションでなんとなく察するもんでしょ。
日本人ってそういうの得意なんじゃなかったの?

 

 

 

  

 

 

 

私は今晩もジョーのそばにいる。
いつ目覚めるのかわからない。
宇宙から還ってきたけれど黒焦げで、博士とイワンの尽力で一命をとりとめた。

でも…

彼はまだ目を覚まさない。


「ねえ、ジョー」


私はそっと彼の手を握る。


「見て。…今夜も月が綺麗よ」


きっとジョーには永遠に通じないのかもしれないけれど。だけど、はっきり言ってしまうのは今はまだできない。

ジョーが目覚めたら。

ちゃんと目が開いたら。

そうしたら、…

 

「君はそんなに月が好きなのか」

 

ねえ。

目覚めた第一声がそれ?

もう。ジョーに風情なんて求めちゃだめね。

 

「そうね。あなたの次にね」

 

 

 


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