「Rainy Day」

 

 

「雨が降っているから外に行かないだなんて、・・・もう。ジョーったら」

梅雨の時期のジョーは、いつにも増して扱いにくくなる。

「雨はそんなに悪者かしら」

出掛けましょうと言っただけなのに、本気で拗ねているから始末に終えない。

「ジョー?」

部屋の窓から外を見たまま動かない。
私の声が聞こえていないのか、わざと返事をしないのか、その背中からは窺えなかった。

「ジョーォ?」

声音を変えてもう一度呼ぶ。

「・・・・」
「えっ、なあに?聞こえないわ」

小さくボソボソ言われても、いったい何の事やら。

「・・・本当は聞こえてるくせに」

いいじゃない。
だってほら、やっとこっちを向いてくれた。
・・・でも、酷い顔。
まるでこの世の終わりを見たかのような不機嫌かつ景気の悪い表情。

「・・・ジョー」

まったく、どうしてあなたって。

私は小さく肩をすくめると、一歩踏み出して部屋に入った。
そうして、小走りに数歩。
ジョーの胸に到達した。
そのまま背中に腕を回して抱き締め、胸に頬をすりよせる。
ジョーは抱き締め返すことはなく、両手は彼の体の脇にだらんと下がったまま。
でも、嫌がっているわけじゃない。その証拠に体を引いたりはしていない。

「・・・ジョー」

どうして雨が好きではないのか、彼自身にもわからないという。
ただ、昔から雨の日は気分が悪くなるのだと。
最初にそう聞いた時は、ただ湿気が嫌だとか、濡れるのが嫌だとか、そういう単純な理由だと思った。
でも、どうやらそうではないらしい。
だったら、グレイの空が憂鬱にさせる等の精神的なものかもしれない。
そうも思ったけれど、どうやらそれも違うらしい。

そして、それっきり雨が嫌いな理由について話す事はなかった。

だから私は想像するしかないのだけど。

もしかしたら、生い立ちに関係がある・・・?

 

雨の日だったのかもしれない。
彼がひとりぼっちになった時。

――だから、雨の日は。

 

・・・勝手な想像。

勝手な憶測。

真実なんて誰にもわからない。

 

だけどもし、そうなのだとしたら。

 

だから私は、雨の日にはいつもより少しだけジョーに甘くなる。
無意識に嫌いになった雨の日を、少しでも好きになるように、彼の記憶を塗り替えるみたいに。

自分でも憶えていない記憶なんて、消えてしまえばいい。

私はあなたを捨てない。

あなたの事が大切だから。

誰よりも。

 

だから、雨の日にはいつもより多くあなたを抱き締める。

 

大事なの。

 

いなくなったら悲しいの。

 

あなたに代わるひとはいないの。

 

抱き締めてそう伝える。

 

 

 

 

 

「外に行きたいのは、買ったばかりのレインブーツを履きたいからだろう?」

呆れたようなジョーの声が響く。

「まったく、君ってたまに子供みたいだよね」
「いいじゃない」
「まるで新しい傘を買ってもらった子供みたいだ」

声に笑いが含まれていて、私はほっと息をついた。
いつものジョーだ。

「いいでしょ。私が子供であなたに何か迷惑をかけているかしら?」
「大いにね」

そう言うとジョーは私の肩に手をかけて少し屈んだ。

「子供相手にこういう事はできないよ」

耳元で言って、素早く唇を重ねた。

「じゅあ、大人な理由を言いますけれど、ゆうごはんのお買い物に行かないと」
「そんなの、明日だっていいじゃないか」
「ダメよ。なんにもないのよ?」
「そんなわけないだろう。ずるいぞフランソワーズ、そう言って連れ出す気だろう?」

他にやることがあるのに、と熱く耳元で囁くと、ジョーはさっきよりも随分積極的なキスをしてきた。

「もうっ・・・」

私は買い物は諦めて、ジョーの首筋に腕を投げ掛け彼のキスに応えた。

 

だって今日は雨の日だから。

 

いつもより、ジョーに甘いのよ。

 

 

 

 

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