「お花見」

 

 

 

「やっぱり、もうすっかり葉桜ね」

 

フランソワーズが残念そうに言った。

目に鮮やかな緑。
青い空を背景にしてなお鮮やかである。もう少し早く来ていたらピンク色の花が楽しめたはずだった。


「仕方ないさ。ちょうど事件が起こったんだし」
「そうだけど…」

お花見でもしようかと相談していた矢先に事件が舞い込み、やっとそれが片付いたのがつい一時間ほど前であった。
けっこう悲惨な結末だったから、落ち込んでいるフランソワーズを気遣い散歩に誘ったジョーだった。
桜の名所であるこの公園は既に花見の客もおらず、人影はまばらである。

「お花見、したかった?」
「ううん。そういうわけじゃないの。ただ、今年の桜を見られなかったのがちょっと残念」
「そうか。じゃあ…見に行くかい?」
「えっ?これから?」
「東北地方ならまだ咲いてる」
「そんな急に…ちょっと行ってくるって距離じゃないわ」
「すぐだよ」
「すぐ、って…それは、あなたにはそうでしょうけど…」
「今は新幹線も通っているから大丈夫。フランソワーズは新幹線で来ればいい」
「来ればいいって…ジョーは?」
「僕はもちろん走るさ。東北新幹線との競走はまだしたことないんだ」

ジョーは新幹線と競走するのが大好きだ。本気か冗談かわからないが、うっかりするとやりかねないからたぶん本気で言っているのだろう。

「でも、だからってそんな急に」
「なあに、すぐだよ。今は近いんだぜ」
「あなたは走って行くんでしょう」
「もちろんだ」
「じゃあ、イヤよ」
「え、なんで」

桜が見られるんだぞと説得しかかったジョーを制し、フランソワーズは葉桜を見つめた。

「わかってないわね、ジョーは。一人で新幹線に乗るのなんてイヤよ」
「一人旅は楽しいよきっと」
「そうでしょうけど、そういうことじゃないのよジョー」

やや墓穴を掘った気分のジョーは気まずそうにフランソワーズから顔を背けた。勝手に一人旅に出るのは己のほうなのだ。

「だって、一緒に桜を見るんでしょう。だったら道中だって一緒じゃなきゃイヤよ。こういう旅はね、行く目的は勿論だいじだけど、誰と過ごすのかが一番だいじなのよ」
「ふーん…そんなもんかね」
「そういうもんなの」

ジョーはさっとフランソワーズに向き直ると、両手を回し彼女を引き寄せた。耳元に唇をつける。

「そんなに僕と居たいんだ?」

耳元に唇を近づけたついでに頬にキスしてしまう。

「当たり前でしょ」

その答えにちょっとびっくりしているジョーにフランソワーズも両手を回した。

「私が他の誰かと桜を見ると思って?」
「いや…」
「ジョーが一緒じゃなかったら意味がないわ」

なぜだろう…と思ったが、その疑問は棚上げした。
今はそれよりフランソワーズだ。
まだ少し悲しげだけど、さっきここに来たときよりは元気になっている。

よかった元気になった…とほっとした瞬間、フランソワーズの唇がジョーの唇を塞いだ。

久しぶりのキスだった。