「海」
「――フランソワーズ。泳がないの?」 「え、ええ・・・」 「なに?もしかして、水着持ってくるの忘れたとか?」 なにか―― どうして? 私が呆然としている間に、ジョーは手早く防護服を着込んだ。 オンナゴコロがわかってない。 二人っきりなのよ? ジョーしかいないのよ? それで・・・水着姿になるの?
「え。あ、うん。実はそうなの」
「バッカだなぁ。海に来るのに忘れるなんて」
蒼い空と蒼い海を背にして屈託なく笑う彼はとても――眩しかった。
水着を忘れたなんて、嘘。
だって・・・彼の前で水着姿になる?――冗談でしょ。
「ジョーは泳いできて。私はここに居るから」
彼が無造作に立てたパラソルの下、レジャーシートを敷いて人工的にできた日陰のなかに収まった。
「お弁当の番をしてるから。安心して」
今日は早起きして、ひとりでお弁当を作った。たくさん。とても二人分とは思えないくらいの量。
ジョーの好きなものがわからなくて、結局、思いついたものを全部作ってしまった。
「大丈夫よ。クーラーボックスにはちゃーんと飲み物が冷えているし」
「・・・そうじゃなくて」
ぶるんと頭をひとつ振って、ジョーは私を真剣な顔で見つめた。
なに?
「取ってこようか?ひとっ走りして」
「え!?」
「水着。泳げないんじゃつまらないだろう?」
うそっ。冗談じゃないわ、やめてよ。
「ね?そうしよう?」
海水パンツ姿でそう言って、無造作に置いてあった荷物の中から引っ張り出したのは赤い服。
「持ってきたの!?」
「何があるかわからないからね」
信じられない。
これ・・・デートのはずだったわよね?――確か。
それとも、ミッションのひとつだったわけ?
そんなの聞いてない。
後ろのファスナーを上げられなくて、ヘンなダンスをしている。
「フランソワーズ。ちょっとこれ上げて」
「・・・もう」
いつまでたっても独りで着られない。私がいなかったらどうするの?
「ありがとう。・・・さすがに暑いな」
「だから、行かなくてもいいって言ってるでしょ?」
「でもさ、せっかくの休暇なんだし」
・・・もう。
私は彼の防護服の裾をぎゅっと掴むと、思い切って言ってみた。
「――いいのっ。本当は持って来てるの、だから」
だって。
ジョーは一瞬、目を見開いて――そして優しく微笑んだ。
「なんだ。それならそうと言えばいいのに。――僕を走らせようとわざと言ったな」
これで、水着姿にならないわけにはいかなくなった。