もちろん、彼の前で水着姿になるのは初めてではない。

けれど、「二人っきりで」水着姿になるのは初めてだった。
いつもの海水浴は、博士もいたし、イワンもいたし、他のみんなも揃っていて――それに、今日の水着は。


「でも、着替えるとなると・・・戻らなくちゃダメだよなぁ」


車を止めた駐車場の近くにしか更衣室らしきものは見えなかった。
そして、ここから駐車場まではだいぶ距離がある。


「・・・・大丈夫」
「でも、ここで着替えるわけにいかないだろう?」


どうしてそういうヘンな心配をするの?


「あの、・・・下に着てきてるから」
「へ?」


ジョーがまじまじと私を上から下まで見つめる。


「・・・そうなの?」
「そうなの」


それでもまだ、信じられないという顔をしている。
もう――あんまり見ないでよ。ジョーのばか。


「でも・・・」
「もうっ。着替えるから、あっち行ってて」
「でも脱ぐだけなんだろう?」
「それでも、見られるのはやなの!」
「フーン」


女の子ってメンドクサイなぁ・・・という声が風で流れてくる。
ジョーはそれでも、律儀に私に背を向け、そして海の方へ駆けて行ってしまった。

ジョーが不思議そうな顔をしたのも無理はない。
だって私の格好といえば――ホルターネックのサンドレス一枚しか着てないのだから。
こんな姿の「下に」着られるような水着。つまり・・・かなり露出度の高いビキニ。
意を決して買ったものの、着るのにはやっぱり勇気が要って、着てきたのはいいけれど彼の前で披露すると思うとやっぱり――それはそれは度胸と勇気が必要なのだった。


――あとは勇気だけよ、フランソワーズ。


頑張れ自分。と、自分自身にエールを送る。

 

着替えは一瞬で終わった。

何しろワンピースを脱ぐだけなのだから。

海でこの姿になると――意外にも、そんなに恥ずかしくなかったから不思議。
広い海と抜けるような青空が大胆にさせてくれるのかもしれない。

それに、涼しい。

肌をなぶる潮風は、確かに生温かったけれど心地よかった。


ジョーはどこに行ったんだろう――と水平線に目を凝らす。が、いない。
潜っているのかと「目」を使ってみても――いない。
あるいは、ずうっと沖の方まで行ってしまったのかもしれない。私が追えない、50キロ以上先に。
けれど、一緒に遊びに来ているのに――デートなのに(よね?)、私を置き去りにして漁に行くような遠方にひとりで泳いで行ってしまう理由も思いつかなかった。
とはいえ、ジョーの事だから――何か事件に巻き込まれているのかもしれない。

 

「――へぇ。君がそういう格好するなんて意外だな」


背後から声がして、私は飛び上がった。


「ジョー!!もうっ・・・心臓が止まるかと思ったわ」
「止まったらちゃんと蘇生処置するから大丈夫」
「・・・そういう問題じゃ・・・」


もう。真顔で答えるんだもの。
未だに、このひとの冗談のツボがわからない。


「あの、・・・変、かしら?」


目を細めて見つめるばかりで何にも言わないジョーに急に不安になる。
「君がそういう格好するなんて」
そう言った。
それは――みっともないとか、下品だとか、はしたないとか――そういう意味がこめられていたのだろうか?


「――んっ?」


私が声をかけてから、数瞬後。やっと返事をしたと思ったら――聞いてなかったの?


「変かしら、って聞いたの」
「変って何が?」
「・・・この格好、よ」


もじもじと手を握り合わせる私に、ジョーは一瞬きょとんとして、そして破顔した。


「変なわけないだろ。似合うよ、すごく――」


語尾が潮風に流される。
カワイイ、と微かに聞こえたのは気のせいだろうか?


「――行こ」
「だって荷物・・・」
「平気だよ。ちょっとでも位置をずらしたら、信じられないくらいの音量で警報が鳴るようにセットしてあるから」


警報?

セット?

何が?

というより、いつの間に?


私の疑問は、ぐいっと手を引かれた瞬間どうでもよくなってしまった。


砂浜を走る。
ジョーに手を引かれて。

子供のようにはしゃぐジョーに、私もいつしか同じように歓声を上げていた。