「七夕の誓い」
ちょっと出かける――そうぼそりと言ってふらっと出て行ったジョー。 どこへ? いつまで? それらの問いを発する時間さえくれなかった。 でも。 本当は数日前から知っていたのかもしれない。きっとジョーは出かけるだろうということを。 星空を仰ぐたびに。 ――どこか遠くで恋人たちが。 私たちに呼びかけているような、そんな気がしてしょうがなかったから。 いいの、乙女チックでも。 女の子だから、放っておかれていい気はしない。 ねぇ、どこに行くの? 心のなかで渦巻いている。でもどれも言葉にはしない。 だから。 私は黙ってジョーを見送る。
そのくらい突然のことだった。
七夕祭りの飾りつけをしている時から、なんだか予感めいたものがあったから。
どこかで誰かが――
……なんて言ったら、きっとジョーは笑うわね。
まったくフランソワーズは乙女チックなんだなぁって言って。
だって、忘れているかもしれないけれど、私だって女の子なんですからね。
物分りのいい仲間、物分りのいい恋人のふりをしているけれど――そしてそれはほぼ完璧だ――でも、本当はいつだって疑問でいっぱい。
誰かと会うの?
どうして一緒に行こうって言ってくれないの?
ひとりになりたいの?
私がいたら駄目なの?
だって、自分でも思うけれど、これって言葉にしたら随分「鬱陶しい女」じゃない。
そんなの自分だってうんざりだから。
必ず戻ってくることだけを信じて。
『フランソワーズ、ちょっといいかな』 バルコニーでぼうっと夜空を見ていたらイワンがふわふわ浮いてやってきた。 「ええ。どうしたの?ミルクの時間だったかしら」 首を傾げると、イワンは楽しそうに小さく笑った。 『ウン。ジョーの秘密』 私は浮かんでいるクーハンを目の高さに引き下ろすときっとイワンを睨んだ。 「プライヴァシーを覗き見してはいけないって、ずっと前から言ってるでしょ?」 意味がわからない。 そして。 私の頭のなかにある映像が広がった。
『そうじゃないよ。いいもの見せてあげようと思って』
「いいもの?随分、思わせぶりねイワン」
『うん。だって本当は秘密にしなくちゃいけないからね』
「秘密?」
「マア!」
『違うよ、フランソワーズ』
「どうだか。いい、イワン。ジョーがどこに出かけていてもその意識をトレースしたりしちゃ駄目。何が起こっていようがそれは彼の個人的なことなんだし、私たちはそれを知ってはいけないのよ」
『だから、そうじゃないってフランソワーズ。まったくもう、僕って信用なんだなあ』
「ええ、ありません!」
『酷いなぁ。…せっかく、遠い星からの通信を傍受して見せてあげようっていうのに』
「遠い星?通信?何よソレ。ジョーと関係ないじゃない」
『それが関係あるのさ』
私がきょとんとしていると、イワンは見せたほうが早いねと言った。
「お帰りなさい、ジョー。旅は――素敵だった…?」 「ウン……」 でも。 いやだ離れたくない、一緒に死のうフランソワーズ。 遠い星の恋人たちの愛の記録。 『ジョーのなかに普段そう思う気持ちがなければ、そもそもこんなメッセージを受け取ったりできないよ』 そうなの? 『そんなことないよ。けっこう雄弁だよ、ジョーは』 「僕の留守中に何か変わったことは…?」 はっ。 「え、ええと、ええ、何も変わったことはなかったわ」
帰ってきたジョーはいつもと同じで出かける前と何も変わっていないように見えた。
僕はきみの傍から離れて生きてはいけない!
それを昨夜、イワンに見せられた。きっとジョーも見ているからって。
どうやら、ジョーの心が共鳴して引き寄せたメッセージだったらしい。
だから、どんな甘い言葉もジョーのオリジナルではなく遠い星の恋人たちが発したもの。そうなんでしょうと言ったら、それは違うとイワンに言われた。
だって普段、こんな言葉を言ったりしてくれたことはないのよ?
「雄弁って…ちょっとイワン!やっぱりアナタ普段からジョーの頭のなか見ていたんじゃないの!」
『見てないよぅ』
「駄目って言ってるでしょう」
『いつもじゃないヨ』
「嘘おっしゃい、ちょっとイワン待ちなさいっ」
ウフフ。
ジョーったら、あーんな熱くて甘いことを思っていたなんて。
こうして見る横顔はいつもと何にも変わりないけれど。
「……フランソワーズ?」
「そうか」
「ええ」
遠い星の恋人たちのことを除けば、ね。
その日の夜。 私はジョーの横顔をそっと見る。 ねぇ、ジョー。 それに。 私は自分で思っているより、ずいぶん頑張らないといけないようだから。 「ん、なんだいフランソワーズ」 ジョー。 だって責任重大だもの。 でもきっと、がっかりさせない。 ――きみは僕の恋人であり母であり、故郷と同じなんだから……
二人で一緒に夜空を見ていた。
遠い星の恋人たちのことを思いながら。
アナタは何にも言わないし、…たぶんこれからも言ってはくれないでしょうけれど。
でも、それでいいわ。
昨夜見た映像のなかでアナタの思いはじゅうぶんわかったと思ったから。
「ううん。…なんでもないわ」
私はジョーの腕にそっと寄り添った。
私、頑張るから。
遠い星の恋人たちのように。
ジョーがそう望むのなら私もそう在りたいと、心に誓った。