「バレンタインキッス」

 

 

このひとが果たして「バレンタインデー」というものを知っているのかどうか。
大いに疑問だわ。


と、ジョーを見ながらフランソワーズはしみじみと思った。

きっと、「おやつを山ほど貰える日」くらいにしか思ってないのに違いない。
高価なチョコレートを贈ったところで、味の違いもわからないだろう。


だから、特別なことはしないことに決めた。

いつもと同じ一日。それでいいではないか。


「あれっ、フランソワーズ。きみはくれないの」
「なんのこと?」
「チョコレートだよ。知ってるだろう、日本では女性が男性にチョコレートを贈って愛の告白をするんだ」
「愛の告白?」
「うん」
「――そんなの」

しないわ。

と、言いかけて、ジョーの顔が期待に満ちていることに気が付いた。


「ねえ、フランソワーズ」


そんなのしないし、チョコレートだって用意してないわ…と言ったらきっとものすごく落ち込むだろう。
フランソワーズはポケットを探り、思い通りのものを掴んだ。


「…はい。愛の告白」


ジョーに差し出したのは、昨日彼と買いものに行った時、気まぐれに買ったチロルチョコ。

簡単すぎるかしら?

不安になったけれど、杞憂だった。
ジョーは満面の笑みで受けとると、ぽいっと口に放り込み……

 

  

 

しばらくして、ひとつの影がふたつに分かれた。

 

「ん、もう、ジョーったら。チョコの味しかしないじゃない」

「バレンタインデーだからね」

 

バレンタインデーのキスはチロルチョコの味だった。

 


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