「なんだこのカタログは」
翌日、リビングで掃除機を動かしていたジェットがカタログをつまみあげた。
「フランソワーズのか?」
「・・・私のじゃないわ」
窓から顔を出して訊いてきたジェットに、庭で洗濯物を干しながら答える。
「じゃあ誰のだよ」
「・・・ジョーのよ」
「ジョー?なんであいつがこんなもん持ってるんだ」
「知らない。誰かにプレゼントでもするんじゃない」
そっけなく答えると、何やら考え込んだ様子のジェット。
「・・・お前ら付き合ってるんだよな?」
たぶん。
でも、自信ない。
答えないでいると、聞こえてないと思ったのか少し声を大きくしてもう一度言われた。
「お前ら付き合ってるんだろう?だったら、奴が贈る相手っていったらお前しかいないだろうが」
「さあ・・・どうかしら」
「どうかしら、ってなんなんだよ」
私とカタログとを交互に見て。
「・・・ま、いいけどよどっちでも。これ要らないなら捨てるぞ」
「ジョーに怒られるわよ」
「わかりゃしねーって」
「駄目よジェット。こっちにちょうだい。私が預かっておくから」
ジェットからカタログを受け取る。
私とは無縁のシロモノだけど。
「ジョー?」
部屋をノックする。
今日は外出しないって言っていた。ガレージにもいないしリビングにもいないから、あとは部屋しかない。
でも、ひとの気配がしない。
「なに?」
背後から声をかけられてびっくりして思わず持っていたカタログを落としてしまった。
「・・・おどかさないでよ」
かがんでカタログを拾ってくれる。
「はい」
「ううん、これはジョーに持ってきたんだもの。リビングに置きっ放しにしてたら捨てられちゃうわよ?」
「・・・いいよ別に」
「よくないわよ」
「いいよ。もう必要ないし。捨ててくれてよかったのに」
「必要ない、ってどうして?・・・プレゼントするんでしょう?」
「しないよ。やめたんだ」
嘘つき。
もう選んだから、必要なくなったのでしょう?・・・そう言ってもいいのに。
心配しなくても、目の前で泣いたりなんてしないのに。
「ジョーったら。嘘つかなくてもいいのに」
「嘘なんか言ってないよ」
「だって、誰かに贈りたいのでしょう?」
「・・・えっ?」
「私のことなら気にしないで。・・・もし、ジョーがそうして欲しいなら、一緒に選ぶのを手伝ってもいいのよ」
平静を装って言ってみたものの、情けなくも声が震える。
もう、駄目じゃないフランソワーズ。やきもち妬いているの、ジョーにばれちゃうじゃない。
しっかりしなくちゃ。
「・・・誰かに、ってなんのこと?」
・・・あくまでとぼけるんだ。堂々とカタログまで持って帰ったくせに。
あんなの、女性へ贈り物します、って宣言しているようなもんなのに。
「だから、誰かに贈るんでしょう?そのために昨日、お店に行ったんじゃないの?」
いらついて、つい責めるような口調になってしまう。
だって、ずるいわよジョー。
「えーと・・・つまり僕が誰かに贈るために買いに行ったと思ってるわけ?」
それ以外考えられないじゃない。違うの?
「・・・えぇと、そうじゃなくて・・・」
がしがしと頭を掻いている。小さく、参ったなと呟きながら。
「その、僕は君に・・・」
言いかけてやめる。
そして私の手にカタログを押し付けて。
「とにかく、これはフランソワーズにあげるから。好きなの選んでおいて」
「だって、私が選んだってしょうがないでしょう?」
こんなカタログ要らない。
「しょうがない、ってひどいなぁ。・・・そりゃ、僕からなんて貰いたくないかもしれないけど」
でもそんなこと言わなくたって、と口の中でぶつぶつ言うジョー。
ちょっと待って。
「ジョー、いま何て言ったの?」
顔を覗きこむと、前髪のなかの顔は真っ赤だった。
「・・・僕はフランソワーズの好みを知らないから、適当に選ぶっていうのができなくて・・・・」
だから?
「だから、一緒に行って選んで欲しかったんだけど」
「だって、誰か他のおんなのひとへの贈り物じゃないの?」
「違うよ」
心底びっくりした目でじっと見つめられる。
「どうして僕が他のひとに何かあげなくちゃいけないんだい?」
だって。
「どうしてそう思ったの?」
どうして、って・・・それは。あなたがひとりでそういうお店に行くなんて考えられないし。
それに
私はあなたからそういうものを貰ったことがないから。
なんだか情けなくなってきて、ジョーの元を去ろうとしたけれどあっという間に抱き寄せられてしまった。
「ね。フランソワーズ?」
どうしてしつこく聞くの。ジョーのばか。
「そういうジョーは、どうしてくれるのをやめようとしたの?」
さっきの彼の言葉を思い出す。
要らないなんてひとことも言ってないのに。
「ね。どうして?」
「いや、だって」
ちょっと怒ったような声で言う。
「その・・・似合うよって好きなひとに言われたから、他のは要らないみたいなことを言ってたじゃないか」
「ええ、言ったわよ?」
「だから」
「だから、って・・・」
思わずジョーの顔を見つめる。
「だって、・・・覚えてないの?」
「何を?」
「言ったのは、あなたなのに」
「・・・え!?」
しばしふたりで顔を見合わせて。
そうして一緒に噴き出した。
「やだもう、ジョーったら」
「それはこっちのセリフだよっ」
一緒に選んで、彼に買ってもらったカチューシャは、来月のクリスマスパーティの時につけることになった。