「そういえば、そのカチューシャこの間割れたのと同じだよね?」
夕食の時間、ピュンマがフランソワーズのカチューシャに目を留めて言った。
「本当だ。お前いくつ持ってるんだよ」
ジェットが呆れたように言う。
「いくつだっていいじゃない」
「そういや、最近はいつも同じのをつけているよな。ここのトコロが」
言って、アルベルトがフランソワーズのカチューシャをつつく。
「丸くなってるやつ。前は水玉のとか柄物もしてたのにな」
「もう。いいでしょ。・・・気に入ってるんだから」
そうか?とアルベルトがにやりと笑う。
途端に赤く染まる、フランソワーズの頬。
「いつも同じ色だし。よく飽きないよな」
「大きなお世話よ。ジェット」
「お気に入り、か。なるほどな」
「だからそれやめてよアルベルト」
そんな会話を聞きながら。
そういえば、彼女はいつも同じタイプのものを使っている。
単に使い勝手が良いからだろうと思っていたけれど、そうでもないのかな。
頬を染めた彼女と、何か経緯をしってそうなアルベルトを見つめ。
僕はそっと箸を置いた。
キッチンで後片付けをしている時にジョーがふらりとやってきた。
「どうしたの?コーヒー?」
「うん・・・さっきの話だけど」
「さっきの話?」
きゅっと蛇口を捻って水を止める。
そろそろお湯を使わないとさすがに手が冷たい。
「なぁに?さっきの話って」
エプロンを外してキッチンテーブルに畳んで置く。
そうして改めてジョーに向き合って。
ジョーはというと、戸口に寄りかかり床を見つめたままだった。
「その・・・お気に入り、って」
「お気に入り?」
いったい何の話なのかさっぱりわからない。
彼の思考形態って複雑だわ。思い込んだら一直線・・・とはいかないもの。
・・・そういうところも好きなんだけど。
「その、カチューシャの話。さっきアルベルトと話してた」
「ええ。それが?」
「・・・そういうのが好きなのかなと思って」
「これ?」
「うん。・・・気に入ってる、って」
「・・・ええ。お気に入りよ。だからいくつも持ってるの」
「・・・そうなんだ」
「ええ、そう」
何が気になるのかわからない。
わからないけれど。
ちょっとだけ、意地悪をしてみたくなった。
だって。
こんな話をするなんて、本当にすっかり忘れているみたいなんだもの。
「・・・これね。似合うよって言われたの」
「・・・へぇ」
「特にこのピンク色が可愛いって」
「・・・そう」
「あと、ここの丸いのがね」
「だから他のはしないんだ」
「そうよ」
相変わらず床を見つめたままのジョー。いったいどんな表情をしているのかわからない。
「だって、好きなひとに言われたんだもの。もう他のはしないわ」
覚えてる?
ジョー。
「・・・そう」
そのままふいっと出て行ってしまう。
やっぱり、覚えてないんだ。
そっとため息をつく。
数年前、他でもないあなたが言ってくれたのに。
可愛いね。って。ピンク色が似合うね。って。この丸いのも似合ってていいね。って。
だから、私はずっと同じデザインのしかしてないのに。
・・・覚えてないんだ。
ジョーは。
私は、そんなささいな事でも嬉しかったのに。