翌16日。午前10時。
成田空港でコーヒーを飲みながらジョーはパリに思いを馳せていた。パリという都市にではなく、そこに居るはずの蒼い瞳の女性に。
予定通りなら、今日の16:40にパリに着く。帰りは17日のパリ発20:00だから、彼女と一緒にいられるのは正味1日くらいと短かかった。が、それでも、日本に戻れるのは18日14:30だから、まるまる三日間のオフというのは有り難かった。いくら誕生日休暇とはいえ、シーズン真っ最中なのだから。

それにしても、まさか自分が誕生日にかこつけてこんな行動に出る日がくるとは思ってもいなかった。
――誕生日だから。プレゼントをもらいに行く。
すなわち、フランソワーズに会いに行く。
ジョーにとって「もらって嬉しいもの」「いま欲しいもの」は何かといえば、それはもちろん「フランソワーズに会うこと」であり「フランソワーズと一緒の時間」なのだった。
普段、叶えられないことの方が多いから、余計にそう思う。先日のレース以来、特にそういう気持ちが強くなっていた。レース後の別れなんて慣れているはずなのに。

誕生日だから、会いに来た。・・・なんて言ったら、どんな顔をするだろう。

まさかパリに来るとは思っていまい。
驚いて――少しは嬉しそうな顔をしてくれるだろうか。
まさか迷惑ということは・・・ないだろう。
そうであって欲しかった。
だから、これから行くよ――という電話はしない。もし自分が突然現れたらどんな反応をするのか知りたいのだ。
嬉しそうな顔をしてくれるだろうか。
それとも――困るだろうか。
もし自分だったら、それは至上の喜びに他ならないから、できれば彼女もそうであって欲しかった。
まさか――他に男がいるわけもないだろう。
が、もし居たら。
それはその時である。
そして、自分がどんな行動に出るのかも。

――そろそろ行くか。

席を立つのと同時に携帯電話が振動した。
出ると、スタッフの慌てた声が響いた。
これは何かあったのだ、やはりオフなどとっている場合ではない――と、思ったのだが。

「え!?何だって!?」

「いいから!早くキャンセルしてこっちに来い!」
「いや、しかし」
「しかしも案山子もねえ。お前の勝利の女神がここにいるんだ!」

 

――何だって?

 

 

 

 

15日11:50発の日本直行便に乗ったフランソワーズは、16日6:50に成田空港に到着した。
かなり早い時間だったけれど、まっすぐサーキットに向かえばいい。そう思った。

帰りの便は決めていない。
せっかく日本に来たのだし、ギルモア研究所に寄る時間も欲しかったのだ。

 

サーキットに着いたのは9:30だった。
既にマシンはコースを疾走しており、聞こえてくるエンジン音にフランソワーズはわくわくした。
F1の、特にサーキットの雰囲気が好きなのだ。
それはもちろん、ジョーの影響ではあったけれど、決して騒音などと感じたことはなかった。

ジョーはどこにいるのだろう?

ピット内を見てみたが姿がないので、コースに出ているのかなと思い、コーナー前のフェンスで立ち止まりしばらく待ってみた。

すると。

「あれっ!?もしかして、アルヌールさん!?」

「――?」

振り返ると、よく知っているジョーのスタッフたちだった。

「えええ、どうしたんですか」
「何でここにいるんですか」

驚くというより、怒ったように訊かれ、フランソワーズは気持ち退き気味で答えた。

「あの、・・・ちょっと時間があったので」
「ジョーは知らないですよね!?」
「えっ?ええ・・・」

何故そう決め付けるのかわからなかったが、とりあえず頷く。

「うっわ、大変だ」
「おい早く電話電話」
「まだ間に合うぞ」

口々に言って、携帯電話を取り出したり腕時計を見たり天に祈ったりと慌しい。

「あの・・・?」

まるっきり無視された形のフランソワーズは、呆然と見ているだけだった。