不意に意識が戻った。
いやだ、眠っちゃっていたんだわと驚いて身体を起こし、そして背もたれ越しに肩に回されている腕に気がついた。腕の先を辿ってゆくと、その主は。

「・・・ジョー」

彼を待っている間に眠ってしまったのだろう。何しろ、昨夜は殆ど寝ていないのだ。飛行機の中でもなかなか寝付けず、気付いたら日本に着いていた。そして、そのまま――ここに来たのだ。

いつの間にジョーがここに来たのか、全く覚えが無い。

そうっと身体を起こす。
栗色の髪が彼の顔半分を覆っている。彼も眠っているようだった。
が、手を伸ばして頬に触れようとしたところで、いきなり抱き締められた。

「――捕まえた」
「ジョー!?」

寝たフリなんてひどいわと言うと、鼻の頭にちゅっとキスされた。

「・・・全く。あやうくすれ違いになるところだった」

そうして頬にキス。

「すれ違い、って・・・」

――そうだった。ジョーに謝らなくては。

「あの。ごめんなさい、突然来てしまって」
「うん?――ウン。新鮮な驚きだったよ」

そうしてフランソワーズの髪をかきあげ、こめかみにもキス。

「・・・用事があったんでしょう?」
「用事?どんな」

いっしゅん、褐色の瞳が覗き込む。そのまっすぐな視線にフランソワーズの心臓は跳ねる。

「パリに行く用事」
「――ああ。そうだね。あったよ」

そうして笑むと、耳たぶにキス。

「ごめんなさい。予定、変更させてしまって」
「いいよ」
「でも・・・」
「何?そんなに僕をパリに追い払いたいのかい?」
「そんなんじゃないわ」
「だったら素直に喜べよ」
「・・・喜べないわ」
「どうして」
「だって、ジョーの予定がめちゃくちゃ」
「――ああ」
「私のせいよね?」
「ウーン・・・まあ、そういう事になるかな」
「ごめんなさい」
「いいよ」
「でも」
「いいんだ」
「だって」

フランソワーズはジョーの胸をてのひらで押して、身体を僅かに離した。

「だって――何?」

ジョーが優しく問う。が、フランソワーズは沈黙の海に沈みこむ。

――だって。邪魔したのは確かだもの。それに・・・何しに来たのって言われたら、とてもじゃないけど答えられない。相手の迷惑を顧みず突然やって来る迷惑な恋人。もしくは、会えば相手も少しは喜んでくれるだろうと驕った考え方をする身勝手な人間。それが私だと認めたくは無い。

「――フランソワーズ」

ジョーがフランソワーズの顎に手をかけて自分の方を向かせる。

「僕が何しにパリに行くつもりだったと思う?」
「えっ・・・」
「答えて」
「それは――用があったからでしょう」
「どんな?」
「どんな、って・・・」

困ったような蒼い瞳を見て、ジョーはふっと笑うとフランソワーズの顎から手を離した。
彼女から腕も離し、大きく伸びをしながら立ち上がる。

「あーあ。カッコ良く迎えに行くつもりだったのになあ!」

ちらり、と座ったままのフランソワーズを見る。
フランソワーズは小さく「ゴメンナサイ」と答えた。

「――あのさ。僕が誰かを迎えに行く邪魔をしてしまった・・・とか思ってない?」
「だってそうなんでしょう?」
「・・・誰を迎えに行くつもりだったと思う?」
「知らないわ。――お友達?」
「違うよ」

そう言うとジョーはポケットに両手をつっこみ、立ったまま身を屈めてフランソワーズの顔を至近距離からじっと見つめた。

「――全く、どうしてじっとしててくれないんだろうなあ。普通、お姫様っていうのは王子を待っているものじゃないのか?」
「そ、・・・うでしょう、ね」
「なのに、自分から王子の元へ来てしまうなんて、そんなに僕に会いたかった?」