一瞬、フランソワーズは瞳を丸くして絶句した。
ここは「ええ」と言うべきところなのか、「そうじゃないわ、別に」とかわすところなのか、咄嗟に判断に迷った。
だから、代わりにこう言った。
「王子様、って・・・誰が?」
「いまこだわるのはソコじゃないだろう?」
あわよくば唇を奪ってしまおうと画策していたジョーは気勢を削がれて眉間にシワを寄せた。
「だって、自分を王子様なんて」
「いいんだよ、僕はきみの白馬の王子なんだから」
「・・・勝手に決めないで」
「決めるさ。何が不満なんだい?きみの待っている白馬の王子は僕。それでいいじゃないか」
「だって、他にいるかもしれないもの」
「王子が?」
「ええ」
「――はん。そんなの、」
「列になって待ってるかもしれないじゃない。あなたの後ろに」
背後を指さされ、まるで本当に待っている人物がいるかのような雰囲気にジョーはぎょっとして振り返った。
「おどかすなよ。誰もいないじゃないか」
「だって、自分で勝手に決めるから」
「決めちゃダメかい?」
「ダメよ。誰が私の待っているひとなのかなんて、私が決めることだもの」
「ふうん」
ジョーは目を眇めてフランソワーズを観ると彼女の手を取り――そのまましゃがみ込んだ。
片膝をたてて。まるで、王妃に謁見する騎士のように。
「え、ジョー、何を・・・」
掴まれたままの手を引っ込めようとするが、ジョーは構わずフランソワーズの手の甲に唇を寄せた。
「――お迎えに参りました、姫」
「ひ、姫って」
「・・・まったく。無防備に熟睡しているところを無理矢理起こしたりせず大事に見守っていた理性の塊のような王子だっていうのにこの仕打ちはないよなあ」
「し、仕打ち?」
「そうだよ」
手の甲から唇を滑らせ、指先にもキスを繰り返す。
「こんなことなら、寝込みを襲うんだった」
「なに言ってるのよ、もう――放して」
「やだね。大体、もっと嬉しそうな顔をしたらどうなんだ。さっきから困ったような顔ばっかり。全然、可愛くないぞ」
「・・・可愛くないもの」
「嘘だよ。凄く可愛い」
「それも嘘でしょう」
「ほんとだって」
ジョーは更にフランソワーズの手を引いた。懐に飛び込むような姿勢になったフランソワーズをそのまま抱き締める。
「や、ジョー、ちょっと離して」
「い・や・だ」
「だって、」
「だって何?」
「・・・だって、そんなんじゃ・・・」
けれどもジョーは腕を緩めず、更にぎゅうぎゅうと力を込めて抱き締める。
「――本当に素直じゃないんだからなあ。ほら、言えよ。どうしてここに来たのか、さ」
「えっ」
「早く言わないと潰すよ?」
「え、ちょっと待って」
「待たない」
「だって――ジョー」
ジョーは腕に更に力を入れる。
――気に入らなかった。
迎えに行くはずだった彼女が、日本に来ていると知って驚いたけれど嬉しかったのだ。もしかしたら、自分の誕生日というのでわざわざ会いに来てくれたのかもしれないとも思った。
なのに。
彼女はなぜここに来たのか言わないばかりか、会っても嬉しそうな顔ひとつしない。笑いもせず、困った顔をするだけで。
本当は――誰か他のヤツに会いに来たのだろうか。
だから、自分には連絡もなく、内緒で彼女はやって来た。そして、本来ならばここにいるはずのない自分がいることで、当初の目的の相手には会えず困っている――の、かもしれない。
・・・馬鹿馬鹿しい。
あまりに想像力過多の自分を嗤って切り捨てる。
フランソワーズがそんな事をするわけがないじゃないか。彼女はきっと――僕に会いに来たんだ。
なぜそれを言わないのかわからないけれど、でも。
僕がこんなに会いたかったんだから、フランソワーズだって同じはずなんだ――きっと。
なのに、なぜそれを言わないんだ。
まったく――気に入らない。
なにもかも。
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