「たぶん、聞こえてる」
〜ジョー誕生日の翌朝〜

 

 

「はい、おとなしく寝てなさい」


額に冷たいタオルを載せられすっかり病人めいたジョーは、それでも抵抗するように何かもごもごと呟いた。


「なあに?聞こえませーん」


聞こえないはずがない。ジョーはちゃんと計算しているのだ。
どのくらいの音量でフランソワーズが聞き取れるのか。いや、それを言うなら、ジョーの言葉ならどんなに小さな声でも聞き逃すフランソワーズではないのだ。


「…聞こえたくせに」

「裸で寝て勝手に風邪ひいたひとのことなんか知りません」


フランソワーズはジョーの顔を覗き込むと冷たく言った。


「まだパリは寒いのよ。亜熱帯の日本と違って」
「日本は亜熱帯じゃないよ」
「裸で寝るなんてばかじゃない」
「……」

ジョーは熱で潤んだ瞳をフランソワーズに向けた。

「なあに?」
「……別に」

言い返そうと思ったけれどどうにも分が悪いような気がしてやめた。


君がさっさと起きたから、僕は寒くて風邪ひいたんだよ。


そんなことを言ったら、ジョーはただ寝坊していただけでしようと言われるのは必至だったからだ。
フランソワーズは普通に朝ごはんの支度をするために起きただけの話で、すぐに続いて起きる予定だったジョーが二度寝したのは誰のせいでもないのだから。

でも。


僕は朝ごはんよりフランソワーズのほうがいいのになあ。


「…何か言った?」


口のなかで呟くとジョーは目をつむった。


「何にも」


聞こえてるんだろうなあと思いながら。

 

 


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