「10年後」

 

「10年後にまた会おう」


そう009が宣言した。


「ああ、またな」

「じゃあな」


みんなはあっさりと手を振って去ってゆく。
だから――私も軽く手を振った。


「ええ。10年後に」


そしてにっこり笑ってみせた。

 

長いミッションが終わって平和の時が訪れた。
だから、リーダーである009が「次に会うのは10年後だ」と言っても誰も何も言わなかった。

ゼロゼロナンバーは死の番号。とはいっても、たかだか10年くらい平和に過ごしてもいいだろう。
せめて10年くらいはサイボーグということを忘れたい。たとえ束の間でも。

それに――そう、私たちはお互いに会わないほうがいいのだ。
私たちが一堂に会する時、それは世界が平和でなくなった時なのだから。

だから10年後というのは単なる言葉のあやで目安でしかない。
もしかしたらもっと早く召集されるかもしれないし、あるいはもっともっと先の話になるかもしれない。

それは誰にもわからない。

人類が決めることなのだ。

ともかく、たとえ束の間でも今は世界は平和だ。
だから私たちが一緒にいる必要はない。

共に戦ったといっても祖国はばらばらな私たち。
ミッションが終わった途端、現地解散になったとしても不思議はなかった。

幸か不幸かここはパリ。凱旋門の前だった。
時刻は真夜中。
でも不便はない。
みんな好き勝手な方角に歩いて行く。同じ道は選ばない。

だから私も――誰とも違う道を選んだ。


たったひとり。


――10年後。


それは遠いのか近いのか、まったく予想もつかない未来だった。
ただひとつ確かなのは、そばに009のいない10年が待っているということだった。
再会するのは10年経ってからなのだ。
その間、誰とも会わない。

会ってはいけない。

サイボーグということを忘れて周囲に埋没して、まるで人間のように過ごしてゆく。
みんなでそう決めたのだ。誰が言ったのでもない、ほんとうに全員がそう望んだのだ。
過去に戻ることができないのなら、例え偽りでもいい、人間のように生きる10年があってもいいと。

 

……。

 

ため息が出た。

明日から――ううん、たった今から、私はバレリーナのフランソワーズに戻る。
防護服や眼や耳の機能なんかと無縁の生活が待っている。
心が弾まないわけはない――のに、なぜか気持ちが沈んでくる。


なぜ?


わからない。

 

ううん。

本当はわかってる。


009は――ジョーは、何の屈託もなく「10年後」と言ったのだ。
それは、10年間私と会えなくても彼にとっては何にも苦ではないとそういう意味だ。
そのくらいあっさりと彼は言ったのだ。
だから私も負けないくらいさらりと答えた。そうね10年後ね、って。笑顔さえ浮かべて。


――私はバカだ。

どうして、一緒がいい、って言えなかったんだろう。
言って彼が困った顔をしても、冷たくそれは無理だよと言ったとしても、それでもこうして後悔するよりマシだったろう。
だってそれが私の本音なのだから。

なのに。

格好つけて私はあなたがいなくても平気よって顔をして笑ってみせた。
そんな強がりをしてみせたところで何も得るものはないのに。

本当に欲しいものは、言葉に出さなければ絶対に手に入ることはないのに。


私はバカだ。

 

でも――もう、遅い。

 

 

しばらく歩いてアパルトマンに着いた。
でも、ドアを開けることはできなかった。
だってドアを開けてしまったら――本当に「平和な日々」が始まってしまう。
戦ってきた日は途端に過去になる。
みんなとの日々も。
009と一緒にいた毎日も。
ぜんぶ、過去の話になってしまう。
思い出にすらならない。記憶の奥深くに埋めるべき過去。忘れて当然の。


――イヤだ。

009を――ジョーを忘れるのは――したくない。


できない。

 

――もしかしたら。


今からでも走って戻れば、まだ間に合う?

009の元に。

ジョーに、一緒にいたいと伝える時間はまだ――ある?

 

私は数歩下がると、ぱっと身を翻した。
遅すぎるかもしれない。でもまだ間に合うかもしれない。
その可能性を潰したくはなかった。

これ以上、後悔はしたくなかったから。
これから先の10年間、後悔しながら生きるのだけは絶対にイヤだった。


でも。


駆け出した私の行く手には、大きな障害が待っていた。