「恋人たちの日」


 

 

何も七夕の日に喧嘩しなくたっていいと思う。


フランソワーズは溜め息と一緒に心の裡を吐き出した。


一年に一度しか会えない恋人たちの日に喧嘩するなんて。


実際に、織姫とその恋人はどうだったのだろうか。

いつも仲良しだった?

それとも、大事なその日を喧嘩して過ごした?

あるいは、喧嘩中だったから会いにも行かなかったとか?

けれどそれならば後悔しただろう。
どうしてわざわざ「会える日」に喧嘩してしまったのだろうかと。


フランソワーズは、そもそもの原因を思い返してみた。
が、なぜか思い出せない。

なにしろ、…くだらない喧嘩なのだ。
はたからみれば、それは喧嘩ではないというくらいの。


「フランソワーズ」


なぜかベランダから室内に入ってきた男。
その男に背後を取られた。


「フランソワーズ。いい加減に機嫌を直そうよ」
「あら別に私には直さなくてはいけない機嫌なんてありませんけど?」
「…意地悪だなあ」
「おかげさまで」

意地悪なひとに仕込まれた意地悪。
その師はここにいる。

「フランソワーズ。ほら、きみの好きなケーキ買ってきたんだ。それからほら、好きな花も。…これだったよね?」

あんまり困ったように言うから、フランソワーズは吹き出してしまった。

「もう!…ばかね」

喧嘩の後、彼女の「好きなもの」ばかりを持ってきた彼。

随分苦労したのだ。
薄い不確かな記憶を総動員して。

頑張ったのだ。

でも彼女にとって一番好きなものは彼自身だったから、その苦労は報われないままだった。


「あなたがいればそれでいいのに」


一年に一度しか会えない恋人たちの日には、喧嘩なんてしないほうがいい。
もし喧嘩しても、すぐに仲直りするのがいい。

せっかくの逢瀬なのだから。

 


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