超銀
2016 バレンタインデー
「フランスでは男がバラを贈るきまりだろう」 早足で歩くフランソワーズをジョーも早足で追いかけるから、二人して競歩の選手のようである。 「ついて来ないで」 フランソワーズが足を止めてくるりと振り返った。 「このためだけにパリに来たって言うの?」 だってジョーは日本でたくさんチョコレートをもらうことになっているじゃない。 「さ。バラを受け取ってくれ、フランソワーズ」 既に通行人がこちらを注目し始めている。 「もうっ……わかったわ。部屋まで一緒に来てくれる?」 一抱えのバラを持ったジョー。 「――私からの愛情はないわよ」 来ると知っていたら送らなかったのに。
「別にきまりってわけじゃないわ。愛するひとに贈るのよ」
「だから贈るんだけど」
「日本で言うチョコレートみたいに義理とかそういうの要らないから」
「バラを受け取ってくれたら帰るさ」
「日本に?」
「ああ」
「まさか」
「そうだけど?」
「だって日本でジョーにチョコのひとが」
「フランソワーズ。何言ってんの」
というセリフが混乱して自分でも何をどういっているのかわからなくなったフランソワーズである。
そして、そんな彼を見るのがイヤでパリにいるのに。
「……」
「そんな膨れっ面をしたら美人が台無しだぞ」
「……」
「いや、それでも綺麗だけどね」
「……」
「ホラ。早く受け取らないとバラがかわいそうだよ」
「……だって。無理よ」
「無理じゃない。勇気を出すんだフランソワーズ」
「勇気、って……」
それはそうだろう。ジョーは立っているだけで目立つのだ。
「もちろんさ」
何がどうしてそうなったのか尋ねるのも怖い。そもそもそんな量を受け取れる自信もない。
が、たぶん――愛情の量だとか何とか答えるのだろう。
愛情詰まったチョコレート。今頃は無人のジョーの部屋に届いているだろう。
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