「ショコラの日」

私は悩んでいた。

パリの街で。

ショコラ専門店の前で。


『日本では、女子が男子にチョコを贈り愛の告白をする日』


これってホント?

嘘?

都市伝説?


だから、さっきから店の周りをぐるぐるしている。

フランスなら、男女関係なく愛を語る。花を贈って。ごくごく自然な流れで。
だけど日本は違うらしい。
一年に一度、女の子の勇気が試され、男の子はただじっと待つ忍耐力が試される日。

そう聞いたから、私も試してみようと思ったのだ。

私の勇気を。

彼の忍耐力を。

といっても、別に彼の忍耐力は関係ないだろう。だって、我慢して待つ必要のないくらいモテモテだもの。
だから、試されるのは私の勇気だけ。そんなモテモテの彼に負け試合覚悟で告白する勇気があるの?って。

告白する勇気。

振られて泣くのを怖がらない勇気。

私に全然興味ないって知らされるのを受け止める勇気。


そんな勇気が私にはあるだろうか?

 

 

 

 

フランソワーズはショコラ専門店の前を行ったり来たりしている。
さっきからずっとだ。この寒空のなか飽く事無く。

僕は物陰からじっとその様子を観察していた。


買うの?


買わないの?


この国のひとは2月14日だからといってチョコレートなんか買わない。そんな準備はしない。男女関係なく花を贈り、ふだん通りに愛を語る。
そんな日だ。
チョコレートを贈って女性が男性に愛の告白をするのなんて、この広い世界で日本だけだ。
日本だけのしきたりだ。
だから、フランソワーズがいまこの時期にチョコレートを買うのか買わないのか迷っている風なのは意味がある。

僕が日本人だから。

だから彼女はチョコレートを買おうとしているのだ。僕へ愛の告白をするために。

だったら何も迷うことはないはずなのに、彼女はさっきからずっとショコラの店を遠巻きに見つめている。

近寄ったり離れたり。
ドアに手をかけて、でもやめたり。

まったくもってもどかしい。
いったい何が彼女を迷わせているのだろう。

僕への愛の告白なんて、受け容れるに決まっているのに。

 

 

 

 

私はショーウインドウを覗き込んだ。
店内は空いている。日本ならいまの時期はどこも混みあっているけれど、この国は違う。関係ないのだ。
でも――だから。余計に躊躇してしまう。
チョコを買ってしまったら、もう後戻りできない気がして。負け試合とわかっていて玉砕覚悟の恋だから。
自分の勇気を振り絞って、結果を聞く勇気が私にはあるだろうか?

ため息をついたとき、ショーウインドウを覗き込んだ私の肩越しの景色のなかに知っている顔がちらっと見えた。


「――えっ?」


思わず振り返る――が、誰もいない。


そうよね。

いるわけがない。


いるわけがない――けれど。


私は知っている。あのひとが私のストーカーだ、って。それも世界をまたにかけた大規模な。

 

私は顔を上げるとショコラ専門店のドアを開けた。


大丈夫。


私の勇気はきっと――報われる。

 

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