「物分りの良い恋人」 

 

「――合コン?」

ジョーは読んでいた本から顔を上げ、フランソワーズをまじまじと見つめた。

「行ってもいいかしら」
「――そ」
それはダメだ。と、言いかけ黙る。

彼女の意図がわからない。
合コンが何であるか知らない訳はないだろう。
その出席の可否を自分に訊いてくることも謎だった。

「ダメ?」

小さく首を傾げ、じっと見つめてくる蒼い瞳に、ジョーは軽い息苦しさを感じひとつ咳払いをすると口を開いた。

「――行ってもいいけど、その」
気をつけろよ。と続けることはできなかった。

「わあ、良かった。私が行けないと中止になっちゃうのよ」
良かったわ・・・と頬を染めてにっこり笑うフランソワーズにしばし見惚れ、気付いた時にはリビングから彼女の姿は消えていた。
読みかけの本を閉じ、傍らに置くとジョーは小さくため息をついた。

――合コンだって?いったい、どこの誰と何の目的で。

しかし、その質問をする機会を逸してしまい、今更彼女の後を追って問い質す気にもなれなかった。

 

***

 

止めてくれると思ったのに。

ギルモア邸の一室で、フランソワーズは悄然と肩を落としていた。
出かけるまであと2時間。準備はとうに出来ている。

友人に誘われ、いいわと答えたのが一週間前。
けれど、よく考えたらやっぱり行けない――と思いつつも断ることもできず、思わずジョーに言ってしまっていた。
彼が止めてくれたら行くのをやめよう。そう思って。
しかし。
ジョーは止めなかった。

つまり、私がどこの誰と食事をしても、一緒にいても、一向に構わないという事で・・・
――バカなフランソワーズ。いったい彼に何を期待していたの?
行くな、って言って欲しい――なんて。
そんなこと、言うわけがない。

彼が自分の願いを聞き入れなかった事などないのだ。
行ったらダメだとか、そんなことするなとか、一度も言われた事はない。
それはおそらく、自分のことを信じてくれているからだ・・・と、信じたかった。
自分のことなんてどうでもいいから束縛しない・・・とは、思いたくなかった。

違うわよね?・・・信じてくれているのよね、ジョー。

 

***

 

いつ出かけると言ってたかな。

ジョーはイライラとリビングを行ったり来たりしながら考えていた。

確か今日・・・今夜のはずだ。

「行くな」とは言えなかった。
何故なら、自分も合コンになら何度も行っているからであり、フランソワーズはそれを知っても何も言ったことがないからである。

それに・・・僕は彼女を信じている。

新たな出会いを求めている訳ではないだろう。おそらく、断りきれずに出席することになって・・・
フランソワーズならありえることだった。

彼女は優しい。頼まれたら、イヤとは言えない。

だから今回もきっとそうなのだろうと思う。しかし。

彼女の事だ。誘われたってついて行くわけがない。・・・が、例えば、誰かを介抱してそのまま送るという事はありえる。
何故なら、彼女は優しいからだ。

そう思うと、「行くな」と止めそびれた自分に腹が立った。

――物分りの良い恋人を演じるのにも限度がある。僕はそんなに寛容ではない。

フランソワーズに対して、常に「器の大きい男でありたい」と思ってきた。そして自分を律してきた。
けれど。

自分の女が他の男と食事をするのを黙って許せるほど僕は大人ではないんだ。
例え彼女に全くその気がないとしても。

 

***

 

「――送るよ」
「えっ?」

階段を降りて玄関に向かうと、そこにはジョーが立っていた。

「僕も用事があるんだ」

そう言って車のキーを見せる。

「でも・・・」

止めてはくれないばかりか、嬉々として送られてしまう自分が悲しかった。
所詮、ジョーにとって自分はその程度のものなのだろう。

「場所はどこ?」

店の名前を告げると、ジョーは一瞬眉間に皺を寄せた。

「――ん。わかった。・・・さ、行こう」

けれどもすぐに笑顔になり、さっさと靴を履いて出て行ってしまった。
フランソワーズは小さくため息をつくと、自分のパンプスに足を入れた。
確かに今日の合コンは気がすすまないといえばすすまないけれど、そんなに少人数でもなかったから、自分がいなくても場は問題がないのだった。
とはいえ、今更行くのをやめるという訳にもいかなくなった。何しろ、ジョーが送ると言っているのだ。

どこの世界に「合コンの場所まで恋人を送る彼氏」がいるというのだろう?
そんなのって・・・付き合っていると言えるのだろうか。
自分たちは――ただの、カラダの関係なのだろうか。気持ちなんてどうでもよくて、年頃の男女がたまたま近くにいた相手ですませただけ――ともいえるのではないのだろうか。

重い気持ちを抱え、玄関のドアを開ける。

――私にとって、ジョーはそんな簡単な存在ではない。だけど彼は・・・ジョーは、私のことをどう思っているのだろう。
いつも優しいけれど、だけどそれは本当に私のことを想ってくれているからなのだろうか。

玄関の前には、ジョーのSUVが止められていた。
ドアにもたれて立っているジョーは、フランソワーズを見つめてにっこり微笑んだ。