「ふさわしい相手は誰?」

〜2008年夏休み特別企画の番外編です〜
2008年夏休み企画の本編はこの辺りからドウゾ

 

 

「どうしてそんなに海に行くのを嫌がるのかわからないな」

そう言って背もたれにゆったりともたれ、胸の前で腕を組む超銀ジョー。

「どうして、って、そりゃ・・・」

僕の大事なフランソワーズを他の奴に見せてたまるもんか。と、胸の裡で思う新ゼロジョー。

「――自信がないんだ?」

ニヤリ。と笑う超銀ジョー。

「彼女を連れて歩いている自分が彼女にふさわしいかどうか、自信がないんだろう?」
「――君は自信があるのかい?」
「もちろん。僕のフランソワーズに釣り合うのは僕しかいないさ。――そうだろう、フランソワーズ」

椅子をユラユラさせながら、奥にいる二人のフランソワーズの方を見つめ、声をかけた。

 

ここは新ゼロ組の住んでいるギルモア邸のリビングルーム。
連休を利用して遊びに来た超銀組とどこへ行くか相談中なのである。が、なかなか決まらず――主に新ゼロジョーがごねて――うんざりした二人のフランソワーズは、ジョー達のいるダイニングテーブルから離れて大画面テレビの前に設置されているソファに避難していた。
二人で全然別のことを話しながら、時々呆れたようにふたりのジョーを見つめ、いったいいつ相談がまとまるのだろうと思っているのだった。

 

「さあ。どうかしら」

自信満々で訊いたものの、あっさりとしたフランソワーズの答えに超銀ジョーは椅子ごとひっくり返った。

「ふ。フランソワーズ?」

けれども超銀フランソワーズはつんと横を向いたまま、彼の方を見ようともしない。
代わりに新ゼロフランソワーズが「大丈夫、ジョー!?」とソファから腰を浮かし、超銀ジョーに駆け寄ろうとしたが――新ゼロジョーに睨まれて、しぶしぶソファに座りなおした。
超銀ジョーは身体を起こすと二人のフランソワーズがいるソファの方へとやって来て、そして

「フランソワーズ。どうかしら、ってどういう意味だよ」

と抑えた低い声で問うた。

「アラ。言葉通りの意味よ」
「君に合うのは僕しかいないじゃないか」
「――そうかしら?」

けれども、やはり超銀フランソワーズは横を向いたまま彼の方を見ない。新ゼロフランソワーズは目の前の二人をはらはらしながら交互に見つめ、そしてある事に気がついた。

――もしかして、この二人って・・・実はここに来る前からケンカ中?

そう思って新ゼロジョーの方を見ると、小さく手招きしていたのでそうっと席を立った。そうして、彼の腕の中におさまると小さく訊いた。

「ねえ。あの二人ってケンカ中だったみたいよ?」
「しいっ。――どうやらそうみたいだな。僕もさっき気がついたんだけど」
「だから、むこうのジョーは機嫌が悪かったのかしら」
「そうかもしれないな。そういえば、むこうのフランソワーズも何だか素っ気無かったし」

二人は黙って、向こうにいる超銀のふたりを見つめた。

 

***

 

「――フランソワーズ。いい加減に機嫌を直せよ」
「別にいつもと変わらないわ」

冷たい声でつんとして言われる。

「・・・・」

ジョーは小さく息を吐くと、彼女の隣に腰掛けた。
が、彼が座るとフランソワーズは10センチほど移動した。彼を避けるように。

「一体、何を怒ってるんだい?」
「それがわからない事が問題じゃないかしら」

とりつく島もない。ジョーは黙って、昨日から今日までの事を思い返してみた。

「・・・君のこと、大食いだって言ったこと?」

夕食を山盛り食べたので、ついそう言ってしまったのだった。

「そんなの、前から言ってるわよアナタは」

違ったらしいので、夕食後の事を思い返す。

「・・・無理矢理、服を脱がせたこと?」
「それもいつもの事でしょう」

「・・・バスルームで、その、」
「違います」

凄い勢いで遮られる。

「じゃあ、寝ている時・・・寝返り打った時に君にぶつかった、とか」
「だったらその時にちゃんと言うわ」

ジョーは頭をぐしゃぐしゃ掻いた。

「駄目だ。わからない。――降参」

するとフランソワーズはその蒼い瞳で冷たくジョーを見つめた。

「・・・本当にわからないのね?」
「ああ。わからない。わからないから謝りようがない」

ジョーのその言葉にフランソワーズの眉間に皺が寄った。

「何よ、その開き直った態度」
「だって、わからないし」
「自分が悪いっていうのはわかってるのよね?」
「さぁね。今となってはソレも怪しいもんだな」
「何ですって?」
「僕が覚えてないのをいいことに、僕が悪いと勝手に捏造された可能性もある、ってことさ」

がたん。
フランソワーズが凄い勢いで席を立った。

「よくもそんなことが・・・っ」

怒りで握った拳が震える。
殴られる。と思ったジョーは咄嗟に防御体制をとった。フランソワーズのビンタは、いかに009といえど、かなりのダメージを受けるのだった。しかも最近では平手ではなく握り拳なのだ。

「暴力反対」

クッションを抱えながら訴えてみる。が、フランソワーズの怒りは更に加速するのだった。

「待て。――待て、ってば。おい」
「だって。酷いわ、ジョーったら!」
「だから、何がどう酷いのか言ってみろって――」

するとフランソワーズの瞳に大粒の涙が盛り上がった。

「え!?何で泣くんだよ」
「知らないっ。アナタのせいよ」
「だから、一体何が・・・」

目にいっぱいに涙を溜めたまま睨みつけてくるフランソワーズ。心なしか、髪の毛も逆立っているように見えるのだった。怒りのオーラを背にして。

「アナタ、昨夜――」

 

 

***

 

「――ねえ。大丈夫かしら、あのふたり」

新ゼロジョーの腕の中で、新ゼロフランソワーズが心配そうに言う。

「ん・・・大丈夫じゃない?たぶん」

欠伸まじりに答えるジョーを見つめ、フランソワーズは彼の頬を引っ張った。

「いてて。何だよ」
「真面目に言ってるのよ?」

その顔を見つめ、ジョーはフランソワーズの手を掴み、ちゅっとキスしてから、

「真面目に言ってるんだよ。・・・心配しなくても、ちゃんと仲直りするさ」
「でも」

自分たちのケンカとは全然違う様子に、不安そうに顔を曇らせる。

「・・・むこうのジョーはあなたみたいに優しくないみたいだし・・・」
「そんな事ないさ。彼だって島村ジョーなんだから、属性は同じはずだ」
「でも・・・」
「それにしても、むこうのフランソワーズは強いなぁ。見た?鉄拳制裁だぞ」
「あら。私だって場合によっては鉄拳制裁するわよ?」
「なんだよ、場合によっては、って。聞き捨てならないな」
「――いいの。あなたは知らなくて」

なんだよ、気になるじゃないかと言いながら、ジョーはフランソワーズを抱き締める。

それは、その時になったらわかるわ。

胸の中で言って、フランソワーズはジョーの肩にそうっともたれた。

そんな時が来るとは思えないけれど・・・ね。

 

 

***

 

「君には、もっとふさわしい相手がいるんじゃないか、って言ったのよ!!」

とうとう涙がこぼれ落ちた。

「しかも、――ベッドの中で!!」
「――い・・・ってない、よ。そんなこと」
「言ったわ!!私がどんな気持ちで朝を迎えたか・・・っ」

後は声にならない。
しばらくしゃくりあげる。

「そ、それなのに、アナタときたら、何事も、なかったみたいにっ・・・」
「・・・・」

ジョーはクッションを脇に置くと立ち上がった。

「――フランソワーズ」
「イヤよ。触らないで」

伸ばした腕をかわされる。その指先さえもかすらない。

「・・・フランソワーズ。僕はそんな事言ってないよ」

けれどもフランソワーズは彼の言葉全てを拒否するように、頭を振った。

「言ったわ。だから私は、ジョーは私に飽きちゃったんだ、って思って」
「っ!何だよそれっ・・・!」
「だって、そういう意味でしょう?自分じゃなく他の奴を探せ、って」
「違う」
「違わない」
「違う。僕がそんなこと言うわけがない」
「でも言ったわ」
「・・・言ったかもしれないけど、でも、」
「ほらやっぱり言ったんじゃない」

先刻まで怒っていたのが、今は泣いているのだった。声も弱々しく震えている。
でも、ジョーはもう腕を伸ばそうとはしなかった。
伸ばさないどころか、胸の前で組んで、そのまま微動だにしない。

「――フランソワーズはどうしたいわけ」
「どう、って・・・」
「僕と別れてもいい、って思ってる?」
「そんな、」
「僕はイヤだね」
「・・・でも、アナタは昨夜・・・」
「――だからさ。どうしてあの言葉がそういう意味だと思うわけ?――酷いよなぁ」
「だって、他にないでしょう?」
「あれは」

フランソワーズの目を見据えて続ける。

「あれは。――僕が君を独り占めしていてもいいのか、自信がなくなって、だから・・・」
「――えっ?」

きょとんと目をみはるフランソワーズから目を逸らさずに言ってしまう。

「――落ち込んでいたのは僕のほうさ。君は僕の言葉を否定もせず、そのまま眠ってしまったんだからね」
「・・・眠ってないわ。寝たふり、よ」
「――僕だって寝てないよ」

にっこり笑うジョーを見つめ、再びフランソワーズの目から涙がこぼれた。

「・・・だって。どうしてっ・・・」
「あんまり可愛いから。不安になった」
「――もうっ。・・・ばかっ」

ジョーは組んでいた腕を解くと、胸に飛び込んできたフランソワーズをしっかりと抱き締めた。

「ね。――言ってくれないか。ちゃんと」
「・・・知らないっ」
「不安なんだ。――頼むよ」

耳元で言われ、鼻をすすってから小さな声で言う。

「・・・私に釣り合うのは」
「合うのは?」
「・・・アナタしかいないわっ・・・」

 

 

***

***

 

 

30分後。

やっと収拾のついた超銀組。
改めて相談をしなおすことになり、ふたりのフランソワーズはお茶を淹れ直すためにキッチンへ消えた。


「――なぁ。訊いてもいいか」

残されたふたりのジョーは、しばらく無言でいたのだったが、新ゼロジョーがふと口を開いた。

「さっきの話だけど・・・ベッドの中で、って言ってたよな」
「聞いてたのか」
「聞こえたんだよ。あれだけ大声で怒鳴りあってたら聞きたくなくても勝手に耳に入る」
「フン」
「いったいいつどんな時に、自信がなくなったんだよ」
「――それは」


言いかけたところへ、カップを載せた盆を持ってフランソワーズたちが帰って来た。

「あら、秘密のお話?」
「いや――秘密じゃないさ。別に」

ニヤリと笑った超銀ジョーに、ぴくりと頬を引きつらせたのは超銀フランソワーズ。

「・・・何か変なコト言ってないでしょうね」
「変なコトは言ってない」

そうして改めて新ゼロジョーの方を向いて

「――ベッドの中のフランソワーズが物凄く綺麗で可愛かったから。・・・っていうのは別に変なコトじゃないよな?」

と言った。
その瞬間。

「ばかっ!!」

両肩を突き飛ばされ――再び椅子ごとひっくり返った超銀ジョーなのであった。