「WAIT」

 

 

肺の機能がついていかない。――息が苦しい。

足も、いまにももつれそうに重く――これ以上走り続けるのは限界だった。

だけど、走るのをやめない。
止まらない。

何故なら、私は・・・

 

***

 

目が覚めたら、午後4時だった。

約束の時間は午後2時。

そんな悪夢があるだろうか。

ちゃんとアラームもセットした。――確かにそれは作動していたようで、止めた様子は見られなかった。つまり、私はアラームには全く気付かずに惰眠をむさぼっていたということ。

携帯の着信を確認した。が、何も記録されていなかった。何故なら――寝る前に電源をオフにしてしまっていたから。

ああもう。

最悪。

ベッドの上で呆然と頭を抱えた。

 

***

 

ジョーから連絡がきたのは昨日の昼間だった。
ヨーロッパグランプリの移動途中でパリに寄る時間ができたから会えないか、と。
私は、特に断る理由もなかったので――ええ、私も会いたいわと返事をした。

そうして、今日の午後2時に待ち合わせることに決まったのだった。

通常なら、眠ったりするような時間帯ではなかった。
けれども、前日からのレッスン続きで――公演前なので――すっかり体力を消耗してしまっていた。
何しろ、居残り練習は日常茶飯事であり、昨夜も真夜中まで残って練習していたのだ。
帰ってからはずっと、彼の好きなパイを焼いたり――何を着て行こうか迷ったり、あれこれ――していて、あっという間に時間が過ぎていった。
そのまま起きていれば良かったのだけど、襲ってくる睡魔に負けてしまった。
だから、ほんのちょっとでも眠る時間を確保しようと――アラームをセットして眠りに就いた。

それが、まさかこんな事態を引き起こすとは。

 

約2時間の遅刻。

とるものもとりあえず、部屋を飛び出した。
せっかく決めた洋服も、バッグも靴もそのままに、そのへんにあるものを適当に身につけて。
走りながら、携帯の電源を入れて彼の番号を呼び出す――繋がらない。
電源が入っていないか電波の届かないところにいるらしい。
あるいは、私の電話に出たくないのか。

絶対、怒ってる。

もうパリにはいないかもしれない。

だけど、それならそれで――ジョーは私のアパルトマンがどこにあるのか知っているのだから、直接訪ねて来てもおかしくはないはず。けれども、それをしていない。ということは――

――怒ってる。

私よりも彼の方が時間の遣り繰りが難しいことは知っている。なのに、せっかく割いてくれた時間を私は無駄にしてしまった。
彼が怒って私と連絡を取ってくれないのも仕方のないことだった。

もういないかもしれない。

そう思いつつも、待ち合わせ場所に向かうべく走る足を止められなかった。

もしかしたら。

――もしかしたら、待ってくれているかも・・・しれない。

それは、自分勝手な願いだったけれども。

でも。

私はジョーに会いたかったのだ。

 

***

 

息も切れ切れに、目的の地・公園に入る。

――噴水のそば。

ふらふらになりながら、辺りを見回す。

――いない。

噴水広場には親子連れが二組居て、それ以外に人影は見当たらなかった。

・・・当たり前か。

一縷の望みに縋ってみたものの、やはりそれは安易で自分勝手な願いであり、現実世界はそんなに都合よく回ってくれてはいなかった。

もう一度、携帯で彼の番号を呼び出す。

が、繋がらない。

せめて謝りたいのに。

泣きそうな思いでふらふらと噴水のそばに寄り――水に手を浸す。冷たくて気持ちが良かった。
しばしそのままで息の乱れを整える。

陽はまだ高かったけれど、人影は少なく――そのなかにジョーの姿は見つけられなかった。