「ムースポッキー」

 

ジョーが買いたいものがあるからと寄った国道脇のコンビニエンスストア。
特に買いたいものがあるわけではなかったフランソワーズは、ぶらぶらと店内を回遊していた。


「24時間開いているなんて、凄いわよねぇ・・・」


何しろ今は夜中の2時だ。
なぜそんな時間に二人がドライブしているのかということは置いておいて、ともかくフランスには常時開いている店なんてないから、
フランソワーズにとって珍しいものだった。

「日曜日も開いてるっていうし、勤勉な日本人ならではなのかしら?」

雑誌、生活雑貨、ATMまである。

「それとも、意外とウッカリさんが多い人種・・・とか」

ぐるりと回った次の棚はお菓子コーナーだった。
どうやら上段がイチオシのものらしいとフランソワーズはあたりをつけた。
何しろ、「限定」だの「新作」だのとポップが立てられているのだ。

「そういえば、コンビニで最初に発売して売れるかどうかテストするって聞いたことがあるわ。・・・日本のニュースだったかしら?」

どこで聞いたのだったかしら。と考え、いやね、ジョーのところに決まってるじゃないと笑った。


「――なにニヤニヤしてるんだい?」

背後からジョーがフランソワーズの肩越しに新作お菓子コーナーを覗き込んだ。
フランソワーズの肩に顎を載せるようにして。

「あら、ジョー。お買い物は済んだの?」
「うん。――ひとりでニヤニヤしてると変な輩に絡まれるぞ」
「何よそれ」
「いくらコンビニっていっても、人里離れた国道脇だぞ。しかも真夜中だ」
「そうね」
「そんなところに、金髪碧眼でスタイルが良く見目麗しい一見か弱そうな女性がいたらいいカモじゃないか」
「・・・一部ちょっと気になるところがあるけれど見逃してあげるわ」
「お嬢さん、ちょっと道を聞きたいんだけど教えてくれるかい?とか何とか言われたらどうする」
「あら、困ってるんでしょう。もちろん教えてあげるわ。私、そういう道案内にかけてはプロだもの」
「ほら、それだ。そうして車まで連れて行かれてあっという間に拉致されるんだぞ」
「だって案内しなくちゃわからないかもしれないじゃない」
「拉致されたらどうなるか、きみはわからないかもしれないけど僕にはわかる」
「あら失礼ね。私だってわかるわよ」
「いいや、わかってないね」
「わかるわよ」
「わかってないよ――それ、気に入ったのかい?」

フランソワーズの肩に顎を載せたまま、ジョーが彼女の手元を見つめる。

「ちょっと気にならない?」

指差したそれは、ムースポッキーの新作だった。

「んん?――何味?」
「マロンチョコレート味」
「・・・ふうん」
「あら、興味ない?」
「・・・甘そうだし」
「でも買うわ」

ちょっと退いて、とフランソワーズが肩を揺すったので、ジョーはしぶしぶ彼女の肩から撤退した。
レジに向かう彼女の後ろ姿を未練ありげに眺めながらついて行く。


そうして店を出ると、フランソワーズがくるりと振り返った。

「で、さっきの続きだけど、拉致されたらどうなるの?」
「拉致されたらか。――それはだな」

話しながら車に乗り込む。
シートベルトをして、エンジンをかけて。
バックで車を出そうと後ろを気にしているジョーにお構いなく、フランソワーズはポッキーの箱を開けた。
ジョーが国道に車を乗り入れると、フランソワーズはポッキーの袋をあけてさっそく一本取り出し、齧った。

「ん。あまーい。んふふ、美味しいっ。ジョー、食べる?」
「んー?」

フランソワーズの差し出すポッキーを前方を見たままひとくち齧る。

「・・・甘いな」
「甘いでしょう」
「きみ、そういうの好きだよな」
「ええ。ジョーは苦手よね、どちらかというと」
「苦手と知っててなぜ食わせる」
「あら、嫌がらせに決まってるでしょ」

ジョーは急にアクセルを踏み込んだ。
突然のGにフランソワーズはシートに押し付けられた。

「っ、もうっ、ジョー!?」
「ふん。生意気なことを言うからだ」
「なによそれ。――で?さっきの続きを聞いてないわ」
「続き?」
「そう。拉致されたらどんなことになるか」
「――ああ。拉致されたらだな、・・・目的地に着いたらきみはそこに置き去りにされてしまうんだ」
「ん?」
「目的地に着いたら用はないだろ?きみを一緒に連れて行く必要はない。だからそこに置き去り」
「まあ!だったら私、どうやって帰ればいいのかしら」
「さあね。だから気をつけろという話だ」

フランソワーズはしばらくポッキーを食べながら考え込んだ。

――目的地に着いたら用はない、ってことは・・・それってジョーもそう思っているのかしら。
私のナビゲーションとしての機能だけが必要だから、こうして一緒にいるだけで・・・


「こーら」


ジョーがこつんとフランソワーズを小突く。

「また妙なこと考えてるだろ」
「違うわよ、失礼ね」
「きみの考えてることはお見通しだ。目的地に着いたら用はないってことは、自分の価値はいったいなんだろうとかごちゃごちゃ考えてたんだろう?」

フランソワーズは微かに頬を膨らませた。

「だから甘いっていうんだ。いいかい?僕と一緒なら、用が済んだらはいさようならなんてするわけがないだろ。そんな勿体無い」
「・・・そう?」
「ああ。きみのように綺麗で可憐で一見か弱い女性をそのまま置いてくるなんて勿体ない。そのまま部屋まで拉致して、
頂いてしまうに決まってるじゃないか」
「・・・一部気になるところがあるけれど、まあいいわ。で?頂くっていうのは?」
「それはもう、骨までしゃぶりつくす」
「やあね、ジョーったら」

フランソワーズはポッキーを取り出すとジョーの口に突っ込んだ。

「それはポッキーだけにして」

 

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