「月夜」

 

 

 

「ねえ、ジョー。月がとっても綺麗よ」


って言ってみたけれど、返事はない。
だけど私は構わなかった。

中秋の名月。
秋の夜に静かに月を愛でる日本の文化。

天気予報では曇りで残念みたいな話だったけれど、綺麗に晴れた。
ジョーの部屋からも見える。綺麗なお月さま。

でもジョーは全然興味がないみたい。私がいくら外を指しても全然見ない。ちらりとも。
眠ってる。

まあ、いいのだけど。

ジョーだし。

むしろ月に興味を示したら何だか落ち着かなくなるかもしれない。ジョーらしくないなって。
だから、聞いてないのを前提にして私は言う。


「月が綺麗ね」


どうせ聞いてない。

聞こえていない。

もしも聞こえていても、文字通り月が綺麗なのだろうと思うだけだ。
意味するところはわからないだろう…ジョーだし、ね。

私は小さくあくびをすると、ジョーにくっつくみたいに体を寄せた。
目を閉じる。瞼の裏に月が浮かぶ。

でもね。本当は月なんてどうでもよかった。
見えていなくても、私は同じことを言っただろう。

月が綺麗ね…と。

だってそれは、中秋の名月だからという大義名分でさらりと言えてしまうから。

ジョーは絶対気づかない。

でも実は愛の告白。

聞こえていても、いなくても。どちらでもいい。言いたかっただけだから。
ただの自己満足。返事なんて要らない。意味が通じなくて構わない。

私はそれを言いたかったのだ。

 

 

  

 

 

「ほんと…綺麗な月だね」

 

まあ、フランソワーズは意味を知らないのだろう。
ただ、綺麗な月だと知らせたかっただけに違いない。綺麗なものや景色に気持ちが向いてしまうひとだから。
まさかその一言が日本の知る人ぞ知る愛の告白だったなんて夢にも思ってないだろう。

でも、まあ。

僕は言ってみたかった。

ただの返事みたいに。

意味なんてどうせ通じないんだし。
それにフランソワーズはもう眠ってる。甘えるみたいに僕にくっついて眠る癖があるからわかる。

さて、僕も眠ろう。
フランソワーズを抱き寄せ、改めて眠る体制に入ろうとしたら。


「えっ…?」

フランソワーズが体を起こした。びっくりしたみたいにこちらを見ている。
なんだ、どうした。

「え、と、…ジョー、いま…」
「うん?」

え。

や、嘘だろ。

聞こえていた?

いや。それよりも。


もしかして、…意味、知ってた?


僕と彼女は互いに目を見つめたまま動けなかった。

月は何も助けてくれそうになかった。

 

 


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