「可愛くない恋人」
    僕がここにいることをとうに知っているくせに、気付いてないフリをするのは何故だろうか。 ・・・目の前にいる人物のせいか? うん。   僕は彼女から離れたテーブルについていた。 彼女は僕に何分で気付いたのか。 そしてどんな顔をしたのか。 いまの胸中はいかほどであろうか。   はるばる日本から迎えに来たというのに、僕の恋人は冷たかった。 まったくもって可愛くない。 もっとこう・・・嬉しそうな顔になるとか、驚いてみせるとか、ないんだろうか。 うーん。しみじみと可愛くない。 可愛くない僕の恋人。 なのに何故、迎えに来たのかというと・・・   観察する。     フランソワーズ。     ・・・きみの目の前にいる男はパリでの恋人かい?   僕はきみのことを全部知っているわけじゃないから、そういう人物の存在もわからない。   ・・・フランソワーズ。 こっちを見ろよ。   どうしてわざと知らない顔をするんだ。 きみが帰ってからの一週間は後悔ばかりしていた。     ***     「ばか」            
   
       
          
   
         そうなんだろうな、たぶん。
         そうしてずっと観察している。
         たぶん、僕が席について一分と経たずに気付いたはずだ。
         だが、まるっきり表情が変わらないのはさすがというべきか。
         それとも僕が迎えに来るのなんて想定内というわけか。
         僕はじっと彼女を見つめる。
         他愛ないケンカの勢いで、本当にパリに帰ってしまったきみ。
         意地を張って追わなかった僕。
         ・・・辛かった。
         きみは意地っ張りだから、きっと日本に戻りにくいだろう。
         だから、迎えに来た。
         フランソワーズ。
         誰だ、その男は。
         こっちを向け。
         僕を・・・見てくれ。
         フランソワーズが僕を抱き締める。
         「・・・うん」
         フランソワーズは目の前の男など消えたかのように、必死の面持ちで突進してきた。
         「まさかパリに来るなんて・・・」
         驚いている僕のフランソワーズ。
         僕の大事な可愛いひと。
         「・・・ばか」
         「うん」
         可愛くない僕の恋人は、僕と一緒にいるときだけ可愛くなる。
         「ごめん」
