「大げさじゃなく心から思う」
〜お題もの「恋にありがちな20の出来事」より〜

 

 

「えっ!?えええっ、ち、ちょっと待って」


フランソワーズは慌てて携帯電話を握り締めた。


「ちょっと…待って」


どきどきしている。
それが指先にも伝わって手が震える。

改めて携帯電話を持ち直して、フランソワーズは深呼吸した。


「あの、ジョー?」
「落ち着いた?」
「えっ」

見透かされていたのかと思うと頬が熱くなった。

「別に。慌ててなんかいません」
「そう?」

電話の向こうでジョーが笑ったようだった。

「でも、いきなりすぎるわよジョー」
「そうかな。ずっと前から考えていたんだけど」


――試しに一ヶ月、一緒に暮らしてみないかい?


「ずっと前から…?」
「うん。もちろん、最終戦が終わってからだけど」
「…」
「フランソワーズ?」
「だって…突然すぎるわ」
「突然言わないと逃げるだろう?」
「そ…」

そんなことないわ。と言おうとしたがうまくいかなかった。

確かにジョーの言う通りである。
もしも余裕があって言われたのなら、なんだかんだ理由をつけて逃げただろう。


「僕と住むのが嫌?」
「そういうわけじゃ…」


お互いの住んでいるところに数日泊まったりするのとはわけが違う。
ずっと一緒に過ごす。一ヶ月間。


――そんなのは困る。


「何か問題でも?」
「そんなことないわ。でも…」


ジョーと一緒に過ごすのは楽しいだろう。
遠い空の下にいる彼を恋焦がれて眠れない夜を過ごすこともないだろう。
少なくとも一ヶ月の間は。


しかし。


そんな期限の決まった、刹那の時間は本当に意味があるのだろうか?
きっと最初は楽しいだろう。でも、それもおそらく数日のこと。

残りの数十日はきっと――


「――イヤ」

「え?」


ジョーは訊き間違えたかと問い返した。
フランソワーズは大喜びで快諾するものとばかり思っていたのだ。

「イヤ。そういうのはやめましょう」
「な――」


――なんで。


そう問いたかったけれども、声が喉に絡んで出てこなかった。

ジョーにしてみれば、それこそ決死の覚悟で言ったのだ。一緒に住んでみないかい?と。
まるでプロポーズのように聞こえるだろうなとかなり照れていたし、でもまぁそう取られても構わないかとさんざん考えて、そうして電話をしたのだ。
だからまさか断られるとは思わなかった。まるで、プロポーズを断られたようなそんな錯覚に陥った。

いやそうじゃない、落ち着けとジョーは自身を鼓舞した。

頭をひとつ振る。

フランソワーズが自分を断るはずがない。
きっと何か理由があるはずだ。


「――フランソワーズ。どうしてだい?」
「…言いたくないわ」


言えない理由。
それは――他に男がいるとか、そういう理由なのだろうか。

いやまさか、フランソワーズに限って。


そう思いつつも、ジョーの心は疑惑で膨らんでゆくのだった。


「理由も言わず断るなんて、傷つくなぁ」


冗談めかして言ってみる。
しかしフランソワーズは頑なだった。


「言いたくないの」


ジョーは携帯電話を握り締めた。ちょっと嫌な音がしたけれど気にしなかった。


「僕と一緒にいるのがイヤってこと?」
「そうじゃないわ」

すぐに否定されて、ジョーの不安は少しおさまった。

「じゃあ、どうして」
「言いたくない」
「フランソワーズ。それじゃあわからないよ」
「…」
「フランソワーズ」
「イヤ。言いたくないの」

ジョーは深呼吸すると言った。

「――そう。だったら僕が誤解しても文句は言えないよね」
「なに?誤解って」
「僕の他に誰かがいるんじゃないかってことさ」
「なっ…何よそれ」
「だってそうだろう?僕と一緒にいると、他の奴に会えないから、だから――」

言っている途中から、ジョーは自分があまりにもくだらないことを言っていることに気がついた。
フランソワーズに他に誰かがいるかもしれないなんてどうでもいいのだ。

そんなことは、どうでもいい。

肝心なのは、自分自身が彼女と一緒にいたいということ。それだけなのだから。


「――そんなの。ジョーだって同じでしょう」
「えっ?」
「私と一緒にいると他のひとに会えないじゃない。そうでしょう?だから、」


だから――なんだと言うのだろう。

フランソワーズは自分が何を言いたいのかわからなくなった。
自分がジョーと一緒に暮らすのがイヤなのは、そんな理由からではないのだ。
そんなくだらないどうでもいいことなんかではない。

 

お互いに黙った。

 

わかっているのだ。

本当はそんなことを言いたいのではないということが。

そんなことは、どうでもいいのだということが。

 

「…フランソワーズ。本当の理由を教えてくれないか」


諭すようなジョーの声。


「納得したら、無理強いはしないよ」


納得しなかったら、無理強いするということなのだろうか。

ジョーなら有り得る。
強行突破を意に介さないひとだから。


「…だって」

フランソワーズは観念したように小さな声で話し始めた。

「だって?」
「…だって、ずっと一緒にいたら」
「いたら?」
「…楽しいもの」
「うん。楽しいね」
「だからイヤなの」
「どうして」
「だって」
「だってが多いね」
「…だって。そうしたら、別れるのが辛くなるから」


一緒にいる時間が長いほど、別れるときが辛くなる。
それは今まで何度も味わっている。
しかも一ヶ月一緒にいるというのは今までで最長であったから、その先にある別れの時にどうなるのかわからない。楽しいのはほんの一週間程度で、その後は、あと何日でお別れしなければならないのだと指折り数えてしまうだろう。そんな楽しくないカウントダウンをしたくはなかった。

「ね?だから…イヤなの」


ジョーは大きくため息をついた。
さっきの自分の言い方もプロポーズみたいだったけれど、今のフランソワーズの言い方もそんな感じではなかろうか。


――だったら、一ヶ月なんて期間を決めないでずっと一緒にいればいい。


そう言えたらどんなに楽だろう。

しかし、自分たちにはそんな――永遠を約束するようなことをできはしない。
ずっと一緒にいるなんて無理なのだ。


だから、言えない。


言いたくない。


そこまで考えて、ジョーはああそうかと納得した。
だからフランソワーズも「言いたくない」と言ったのだ。

つまりはそういうことだったのだ。


「――わかった。ごめん。無理言ったね」


あっさりジョーが退いたので、フランソワーズは急になんだかすっきりしない気持ちになった。
心のどこかがイライラする。


「そうだよなぁ。お互い、仕事もあるし。きっと一ヶ月一緒にいるっていっても擦れ違ってばかりだよなぁ」


能天気な声。


「うん。別に一緒にいなくても今まで通り、なんとかやっていけるだろうし。――そうだよな」


――そうだよな。


自分に言い聞かせるような声。
フランソワーズはそれを聞いて、心のなかのイライラがどこかへいったのがわかった。


――そうよね。


自分たちは永遠を約束したり、未来に希望を持つことはできないのだ。
最初から無理だとわかりすぎるくらいわかっていることは――できない約束は――しないほうが、いい。

 

でも、いつか。

 

いつか全てが終わる時がきたら。

 

その時は。

 

 

 

その時は――ずっとふたり一緒にいたい。

お互いの体が壊れるその時まで。

 

 

 

 

 

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