「些細な事でたっぷり悩む」
〜お題もの「恋にありがちな20の出来事」より〜

 

 

ジョーはどう思うだろうか?


そう思っただけで落ち着かなくなった。
別に久しぶりに会うわけじゃない。実際、昨日も今日も一緒にいる。

だから――気にすることなんてないのに。

しかし、一度気になり始めたら、それは勝手に暴走した。


ジョーの目が気になる。

ジョーがどう思うのか気になる。


彼の目に私はどんな女性に映るのだろうか。
彼にとって私のポジションはどのあたりになるのだろうか。どこに落ち着くのだろうか。


「フランソワーズ。まだ?」


ノックの音。
透視しなくてもわかる。ジョーが少し苛立っていることが。
そうよね。出かけましょうと言ってからゆうに30分は経っているんだもの。
いい加減、ジョーだって焦れて怒って当たり前だわ。もともと、そんなに気の長いひとじゃないし。

「ごめんなさい、もう行けるわ」

覚悟を決めなくちゃ。
だってもう――私にはこれ以上、どうしようもないし。

実際、決めたのは早かった。だからそのままただ30分を何もせず過ごしていたわけで。
――ううん、頭の中はぐるぐる回転していたのだけど。

でもそれも結局は堂々巡り。
どうしたって始点に還ってきてしまう。――ジョーはどう思うだろうかというトコロに。

ええい、もうっ。覚悟を決めるのよ、フランソワーズ。

私は深呼吸してドアを開けた。
すぐそばにはジョーが立っていて――ほんと、想像通りの怖い顔。いつもよりほんのちょっとだけだけど。

「遅いよ、フランソワーズ」
「ごめんなさい」
「観たかったんだろ?『コッペリア』」
「ええ、そうなの。ずうっと前から楽しみにしてたの」
「だったらもう行かないと。途中からじゃ入れないだろう?」
「ええ、そうね」

私は心臓ばくばくだったのだけど、果たしてジョーは何にも気付いてはくれなかった。
そう。まるっきり。何にも。
僕は何にも見えません。と顔に書いてあるみたいに。

「あの・・・ジョー?」
「ん?なに?忘れ物?」

先にたって歩くジョーの背に言ってみるけれど、ジョーは忘れ物なら早くとってきたらと言うばかり。

――もう。

あんなに悩んだ私はなんだったの?
結局、ジョーは気付かないんじゃない。

――そうよね。知ってたわ。気付くようなひとじゃない、って。

「ううん。大丈夫。忘れ物はないわ」

私は努めて明るく言うと、車に乗り込んだ。
ジョーがエンジンをかける。
シートベルトを締めて、さて出発――というところで、ジョーが前方を見たままポツリと言った。


「――あのさ。それ、似合うね」


えっ?


「な、何が?」


まさか、気付いてた?


ジョーは無言でハンドルを切って道路に出た。


「何のことかしら」

「うん?――何でもない」


――洋服のことかしら。でもこのワンピースを見るのは、ジョーは初めてではないはず。
カチューシャだって新しいものではないし。
きっとあてずっぽうで言ったのよ。うん。きっとそう。だって、相手はジョーだし。


「――目の色とよく合ってる」


え。


やっぱり、気付いてる?


「うん。・・・いいね、それ。いつも綺麗だけど今日はもっと綺麗だ」
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」

本当に気付いているのかどうかあやふやだったけれど、ともかく私はジョーの賛辞に礼を言った。
如才なく言っただけのことかもしれないけれど、それでも綺麗と言われて気分が悪いわけはない。


しばらくして信号が赤になって車が停止した。

ジョーは前を向いたままだ。


ふと、彼の手が伸びて、私の頬にそっと触れた。


「それ、この間見ていたヤツだろう?」


やっぱり似合うね。僕が言った通りだと自慢げに言った。

・・・本当に気付いてたのね。

数ヶ月前にジョーと出かけた先で目にしたアイシャドウ。綺麗な色だったから、欲しくなったのだけどどうしようか迷ったのだ。それを、きっと似合うよと勧めたのはジョーだった。


――そんなの、忘れていると思ったのに。


別にジョーと出かける時につけようと決めていたわけじゃない。ただ今日の洋服に合っていたから、選んだだけで。断じて、悩んでつけたわけじゃない。
ええ、そうよ。まだ使ったことがなかったから、たまたま今日、つけただけの話。
ジョーのためじゃないわ。自分のためよ。

ジョーがちらりとこちらを見た。ほんの一瞬。

すぐ前を向いて車を発進させたのだけど、その唇に笑みが浮かんでいるのが気になった。

いったいなんだというのだろう?


「なあに?何かついてる?」

「いいや。――可愛いなあと思ってね」


途端。頬が熱くなった。

いやだ、もう。

実はとっても悩んだの、見透かされてた?


だって。


――本当は、気付いて欲しかったんだもの。

いつもとほんのちょっとだけ違う私を。

 

 

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