|   今まで散々呼んでいたくせに、どうして心が震えるんだろう?   彼の名前を呼ぶたびに、甘くて切ない想いが胸に広がってゆく。 ジョー、敵の数は少ないわ。大丈夫、突破できる。 ジョー、あと2メートル行けば抜けられるわ。敵もいない。 ジョー、交代の時間よ。起きてる? 用件を伝える時以外に名前を呼べたら、どんなにいいだろう。戦地ではなく、私も「003」ではなくて。
 けれど、実際にそういう状況にあっても、私はやっぱり意味もなく彼の名を呼ぶことなどできはしなかった。
 ジョー? なに? ・・・なんでもない。 そんな会話など、できはしない。もちろん、ただ彼の名を呼んでみたかったっだけ――なんてことも。
 003、敵機を確認してくれ。 003、あの影に何人いる? 003、ちょっといいかな? 私の名前はフランソワーズよ。そう言いたかった。でも、言えなかった。
 だって私は、確かに「003」なのだから。
 コードナンバーで呼ばれる事は、・・・なかなか慣れなかったから、他のメンバーのことも私は名前で呼ぶようにしていた。
 そうすれば、少しは――自分たちの背負った運命を忘れることができるような気がして。
 だけど、ジョーは――009は、それを許してはくれないようだった。
 普段の日常生活に於いてさえ、
 「ありがとう、003」「買出し?車出すから、乗って。003」
 いつでもこんな具合で、彼は自分が009であることを忘れないのだ。責任感の表れ――と言えば言える。
 でも、私には彼がわざとそうしているようにしか思えなかった。
 自分が「リーダー」として背負うものを忘れてはいけない、と。平和な日常生活で、この悲しみを苦しみを忘れてはいけない、と。常に自分に言い聞かせている。
 そう見えた。
   でも、違った。   彼が名前を呼ばないのは、私だけだった。       
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