「何言ってるあるネ!」

意を決して言ったのに、二人とも途端に笑い出した。

「・・・酷いわ。笑うなんて」

小さく膨れてみせると、ジェロニモが口を開いた。

「ジョー、本当にそう言っていた。間違いない」

「だって、・・・嘘よ、そんなの」

上掛けのはじをぎゅっと握りしめる。
だって、・・・私には二人が嘘を言っているのがわかる。

「嘘じゃないあるネ」
「だって」

そんなの、私を慰めるための嘘でしょう?

「だって。――ジョーは私のこと、003としか呼ばないもの」

情けなくも声が震えた。

一瞬の間。
再び二人が顔を見合わせ、そして。

「――嘘じゃないあるネ。心配して怒っていたあるヨ。『フランソワーズが目を覚まさなかったらどうしよう』ってしつこいくらい言って、で」
「うるさいから俺が黙らせた」

そう言って、ジェロニモは握り拳を作り開いた手のひらに打ち付けた。

「・・・だって」
「一体、何が気になるアルか」
「・・・だって、そんなの嘘よ。・・・ジョーが私の名前を呼ぶわけなんてないもの」

今まで一度も呼ばれたことがないし、おそらくこれから先も呼ばれることなんかないのだから。
彼の中で、私は永遠に「003」でしかないのだ。

「そんなことない。いつも呼んでる。フランソワーズと」
「嘘よ。聞いたことない」

「本当アルよ。あの坊や、きっと照れくさくて本人の前では言えないあるネ!」
まったく困った坊やあるヨ。と続けて言う。

「そんな」
そんなわけない、と言おうとしたら。

「ジョー、入れ」

ジェロニモが無理矢理誰かの腕を引いてきて――つんのめるように入ってきたのは、ジョーそのひとだった。

「ずっとドアの所にいたくせに」

ジェロニモの暴露に微かに頬を赤らめる。
でも、その瞳は怒っているかのように厳しかった。

――やっぱり、怒ってる。

だから、彼に叱られるのを覚悟した。

「ホラ、ちゃあんと目の前で名前を呼んであげるアルね!」

どん、とジョーの背中を突く。

「・・・フランソワーズ」

ほんとに小さく、蚊の鳴くような声で言って――黙った。

「ホラホラ、ちゃんとお腹に力を入れて呼ぶあるネ!いつもそう呼んでるくせに、どうして本人の前では呼べないか!」

胸の前で腕を組んで彼を睨みつける張々湖を見つめ、
「・・・勘弁してくれよ」
小さな声で言う。

「このお嬢さんは、あんさんが名前を呼ばないっていうんで悲しい思いをしてたアルよ。だったらさっさと安心させるがヨロシ」

張々湖ってば、ひどい。
悲しい思いをしてた、なんてどうしてジョーに言っちゃうの?
そんな事言ったら、まるで――まるで、私がジョーに焦がれていて、名前を呼んでほしくて仕方ないみたいじゃない。

けれども、私が何か言おうと口を開く前に――小さくウインクして張々湖とジェロニモは部屋から出て行ってしまった。

ドアが閉まって。
途端におりてくる沈黙。
痛いくらいに感じる視線。

――見られてる。

きっと、睨まれている。
そして――叱られるのに違いない。

だから私は、視線を手元に落としたまま、顔を上げることができなかった。