僕はいったい何をやっているんだ。

何を――したい?

 

目標を失い、途方に暮れた。
メディカルルームの扉は、僕にとっては彼女を僕から守る砦のように見えた。
到底、僕はここから先には進めない。

進んではいけないのだ。

何故なら僕は、彼女を守ることができなかったのだから。

 

何より守りたかったのに、何もできなかった。
この腕のなかにいたのに、――僕の腕からすり抜けて行ってしまった。
どうしてそんなことをしたんだフランソワーズ。
僕を守るためだって?
そんなの、僕は一度だって頼んじゃいない。
勝手に決めて、勝手に僕の腕からいなくなって、そうして――勝手に僕の前から永遠に消えてしまうところだった。
どうしてそう勝手なことばかりするんだ。君は何にもわかっていない。
君のそういう行為が、どんなに僕の寿命を縮めているのかを。

彼女は僕を殺す気なのかもしれない。
僕が、フランソワーズが傷つけられたらどんな思いをするのかを知っていて、それで――。

回線がショートする。
全てのシナプスの連動が損なわれる。
機械が機能しない。
それは、サイボーグである身体にとって致命傷に他ならない。

僕はフランソワーズの身体に傷がつくとそうなる。
僕はフランソワーズの心が傷ついてもそうなる。
彼女が苦しんだり、泣いたりしたら、僕の機能は全て停止してただの木偶人形になってしまう。

今みたいに。

まさにこの瞬間、敵機が突っ込んできても僕は反撃すらできずにそのままあっさりとやられるだろう。
君を守れなかった僕には、そんな最期が似合うのかもしれない。

フランソワーズ。

僕は、君のためなら何でもできる。
君がただひとこと「やれ」と命令するだけで、何だってやってやる。
だから、その白い手を煩わせたりせず、何でも僕にやらせればいい。
全然、苦じゃない。君のために僕にできることがあるのが嬉しい。
少しでも君の役に立つのなら、僕はこうして生きている意味を見出せる。

だから・・・

 

延々と続く自問のループに陥っていたとき、突然メディカルルームの扉が開き、中から大きな手が現れた。
そうしてそのまま引っ張り込まれる。
自失していた僕は、抵抗もせずあっさりと部屋へ連れ込まれてしまった。

目の前には、ベッドに半身起こしたフランソワーズと、その傍に付き添う張大人と僕の腕を掴んだままのジェロニモ。
そう、僕はジェロニモに腕を引かれてここに入ったのだった。

「ほら、ちゃんと名前を呼んであげるアルね!」

え?
何?
名前?

入った途端、唐突にそう言われ、意味がわからず張大人を見つめる。フランソワーズは俯いたままこちらを見ない。僕になど興味がないといったように。
僕を――見ない。

その瞬間、頭に血が昇った。

僕のほうを見ないフランソワーズ。
僕のほうを見ないフランソワーズ。
僕のほうを見ないフランソワーズ。
僕のほうを見ない・・・・

「・・・フランソワーズ」

呟くように声にしたのは彼女の名前だった。初めて呼んだような気がする。
コードナンバーではない、彼女の名前を彼女に向かって。
張大人が呆れたように何か言っている。どうして面と向かって名前を呼べないのかと――そんなような意味あいの事を喋っている。

どうして名前を呼ばないのかって?

そんなの。

いくら心の中で呼んでいたとしても、他の仲間と一緒の時にそう呼んでいたとしても、直接呼べないのは当たり前のことじゃないか。

うっかり名前を呼んで――振り向かれてしまったら、僕はどうしたらいいんだ。
名前を呼んでもいいなんて言われたら、僕は嬉しくて舞い上がって・・・きっと用もないのに呼んでしまうに決まっているのだから。
僕みたいな者が簡単に呼びかけていい相手ではないんだ。フランソワーズと僕は、すむ世界が違うのだから。

届かなくていい。

届く気が――しない。

もしも名前を呼んでも、振り向かれもしなかったら僕はきっとその場で死んでしまう。
無視されるくらいなら、最初から何もしないほうがいい。

そう決めた。

決めていたんだ。

――けど。

「このお嬢さんは、あんさんが名前を呼ばないっていうんで悲しい思いをしてたアルよ」