「ピンクのルージュ」

 

 

 

「あげる」


手のひらの上に載せられたのは、1本のルージュ。

「どうしたの?これ」

それには答えずにまっすぐキッチンへ行く後ろ姿を追いかける。

「んー?それね・・・」

コップに水を注いで飲みながら。

「今日のイベントでもらったんだ」


今日のイベント。

それは、ジョーのチームのスポンサーのひとつである化粧会社主催のものだった。
何故「F1」と化粧品が結びつくのか謎だけど、どういうわけかジョーはそのコマーシャルタレントに起用されていたりするのである。
今日はそのルージュの春の新色のお披露目があったのだった。


「新色っていってたよ」

まだ発売前の。
少し明るいピンク色だった。――桜の色のような。

「きれい・・・」

彼のことだから、きっと訳もわからず押し付けられただけのシロモノだろうけれど。

「うん。似合いそうだね、つけてみたら」

珍しい。
およそ、そんなことは言いそうにないのに。酔っているのだろうか。

「・・・そうね」

なんだか頬が熱くなってしまって、慌ててリビングに戻る。
唇をティッシュで拭って、いまつけていた口紅を落とす。そうして改めて新しいルージュをひいてみる。

鏡に映った私。

どうかしら。

似合ってるかしら。

「――うん。似合うね」

後ろから抱き締められた。耳元でジョーがそっと囁く。

「びっくりした。おどかさないで」
「ごめん」

でも、腕は緩まない。

「・・・ジョー?」

鏡に映った彼の瞳。
不意に妖しく輝いた。

「ねえ、・・・知ってる?」
「何を?」
「男が口紅を贈る理由」
「・・・綺麗でいて欲しいから?」

ジョーは一瞬、吐息のように笑うと、私をくるりと自分の方に向けた。
そして、私の唇の色を確認するように指先で優しく触れた。

「違うよ。それはね・・・」

少しずつ僕に返してね、って意味なんだよ。

小さく早口で言ってから、ジョーはそっと唇を重ねた。