−2−

 

約束の時間より30分も早く来てしまった。我ながら、そんなに楽しみにしているのかと呆れてしまう。
30分早く来たからといって、30分早く会えるというわけではないのに。

緑の葉とピンクの花が風に揺れるマロニエの樹に囲まれた公園。広場には噴水があって。

僕たちがパリで会う時は、いつもここと決めていた。

 

***

 

30分が経った。つまり、約束の時間ジャストだ。

ベンチから立ち上がり、彼女がやって来るであろう方を見つめる。
時間に正確な彼女は、きっともうすぐ現れるはずだ。

 

――5分経過。姿は見えない。

おかしいな。・・・まぁ、少し遅れることだってあるだろう・・・

 

――10分経過。まだ姿は見えない。

うろうろと噴水の前を行ったり来たりする。
どうしたんだろう?何かあったのだろうか。
携帯のフラップを開け、彼女の番号を呼び出そうとして――やめる。

オーケー。まだ10分だ。きっと何もないさ。
いますぐにでも姿を現すはずだ。

 

――30分経過。待ち合わせ時間は合ってるよな?

急に不安になり、手帳を取り出し確認する。――うん。合ってる。午後2時と大きく赤い字で書き込んであった。
腕時計で時刻を確かめる。
午後2時30分。

どうしたんだろう?彼女が時間を勘違いしているのだろうか?
そんなこと、今までに一度だってありはしなかったけれど。

 

一時間が経過した。

僕は、公園の出入り口を全部確かめて回った。どこか――広場ではなく、別の場所で待っているのかもしれないと思ったからだ。
けれども、彼女の影も形もなく――がっくりと肩を落とし再び噴水広場へ戻る。
一縷の望みを抱いて辺りを見渡すが、彼女の姿はどこにもなかった。

――おかしい。

何の連絡もなく、彼女が遅れる事などなかった。
今度は躊躇せず、彼女の番号を呼び出し携帯を耳にあてた。

繋がらない。

電波の届かないところにいるか、携帯の電源が入っていないというアナウンスが繰り返される。

 

***

 

何もせず、ただ待っているだけしかできなかった。
ともすれば、暗く落ち込みそうな気持ちを奮い立たせ、――少しは気が紛れるかと思い――噴水前で遊んでいる子供たちに混じって一緒に遊んでみた。
じっと待っていると、どうかなってしまいそうだった。
彼女と連絡がとれないだけで、こんなに落ち着かない気分になるなんて知らなかった。

事故や事件の類に巻き込まれたわけではない。
それならば、僕に連絡がこないはずがないからだ。

と、なると他に考えられることは・・・

ばしゃんと目の前に落ちたボールを取ろうと噴水前で屈んだとき、胸ポケットからするりと携帯が飛び出した。

「――あ」

あっという間にそれは水中に沈んでいった。

「あーあ」
「お兄ちゃん、どじだなあ」

口々に言われる。

水中から拾い上げた携帯は、見事に使い物にならなくなっていた。
これで彼女との連絡手段は絶たれてしまった。

 

***

 

彼女のアパルトマンは知っていたので、迎えに行こうとも思ったが――やめた。

何故なら、もし・・・彼女が留守だったら?
僕との約束を忘れて、まだ家に居るのだったらいい。けれど、すっかり忘れて――どこかに出かけていたとしたら?
そんな確認をしたくはなかった。

フランソワーズ。

もしかして君は、・・・ここには来ないのだろうか。

一番最近会った時の事を思い返してみる。
僕が気付いてないだけで、何か彼女を不愉快にさせるような・・・言動をしていたのかもしれない。
彼女はそれで怒って、僕には会いたくなくて、それで――

――否。違う。

彼女はそんな子じゃない。

例え、僕に対して何か不満があったとしても、そういう陰湿な仕返しはしない。ちゃんとその場で言うか、もしくは鉄拳制裁をしてくるはずで・・・そして、絶対に後に引き摺らない。

そう思ってはみても、いまここに彼女がいない理由にはならなかった。

フランソワーズ。

いまどこにいるんだ。

僕との約束を忘れてしまったのか。

それとも・・・

僕との約束なんて、君にとっては取るに足りないものなのか?