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先刻までの、心が浮き立つような気分はすっかり消えてしまった。

心なしかマロニエの花がピンクではなくグレイに見えてきた。ざわざわと揺れる葉も花も、今では自分を哀れんでいるような――そんな気さえしてくる。

 

フランソワーズ。

 

君は来ないのだろうか?

そう思っても、僕はこの場所から動けずにいた。

もしかしたら、来るかもしれない。
だったら、ここで待っていなければ。

――いつまで?

あとどのくらい待てばいい?――彼女がここに向かっているというあてもなく、約束を忘れていないという保証もないのに。
一時間か。二時間か。それ以上か。

我ながら馬鹿だと思う。
既にここで一時間以上も待っているのだから。
常識的に考えれば、彼女はおそらくもうここには来ない。

 

僕は――フラレたのだ。

 

 

***

 

そういえば、昨日電話をした時もなんだか様子が変だったような気もする。
しかし、よく覚えていない。
何しろ僕ときたら、彼女に会う時間が取れたことが嬉しくて、ひとりで舞い上がっていたのだから。

移動の合間に時間がとれたから、急で申し訳ないんだけど明日会えないかい?

そんなような事を言ったはずだった。
そして、彼女は

あら、本当に急なのね。――特に用事もないし、大丈夫よ。私も会いたいわ。

という意味合いの返事をしてくれたような気がする。が、定かではない。
時間の経った記憶は、自分の都合の良いように簡単に捏造されてしまうものだから。
自分の記憶があてにならない。

あまりに急な話で強引すぎやしなかったか?
そして彼女は嫌がっていなかっただろうか?
言葉の端々に渋々・・・という雰囲気が滲んでいなかっただろうか?

僕が強引に誘ったから、仕方なく・・・とか。

他に用事がないから、まぁいいか・・・とか。

そんな消極的な理由に因る邂逅なのだろうか?

僕のように積極的に「会いたい」とは到底・・・思ってくれてはいないのだろうか。

だから――ここに来るつもりはないのだろうか。

いつも強引になってしまう自分の物言いを僕は初めて反省した。
だけど、それはいつだって――君に会いたくて、抱き締めたくて、離れたくなくて――そんな感情の発露に違いなかった。

 

***

 

 

フランソワーズ。

         フランソワーズ。

                    フランソワーズ・・・・!

 

心の中で何度も何度も名前を呼ぶ。

君の蒼い瞳を見たい。

見つめられたい。

そして、その亜麻色の髪に指をからめ、抱き寄せて・・・・

――フランソワーズ。

もう、会えないのか?

君にこんなに会いたいと望んでいる僕を知っているくせに、会えないというのか。

心の中は君でいっぱいだった。
今日、いまここで君に会えなかったら、僕はこれから行われるどんなレースに出ても勝てはしないだろう。
否。
レースだけではなく――僕のこれからの人生は無味乾燥なものに変わるだろう。

――フランソワーズ。

ふらふらとベンチから立ち上がり・・・樹にもたれる。
君が好きだと言っていたマロニエの花を下から見上げてみる。この時期が一番キレイだと微笑んでいた。
その時の、君の笑顔と君の瞳が脳裏にフラッシュバックする。
今の僕には、花を見てもそれは意味を成さない画像であり――網膜に結実するのは君の残像だった。

フランソワーズ。

 

好きだよ。

 

愛してるよ。

 

君だけだよ。

 

フランソワーズ。

 

僕は君だけを――

 

 

***

 

 

樹にもたれたまま――どのくらい経っただろうか?

ふと。

 

噴水の前に、

 

――亜麻色の髪の、

 

息を切らして。

 

よろけるように。

 

髪もぐしゃぐしゃで。

 

僕の――

 

――僕の、フランソワーズ。