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 いつの間にか、公園の桜はすっかり葉桜になっていた。 そんなことにも気付かぬほどに忙しい日々は唐突に終わりを告げ、みんなは三々五々故国へ戻って行った。 帰りたくない理由はわかっている。 
 あのひとがいるから。 
 こんなに頻繁に召集されなければ、きっと――いつかは忘れてしまえていたはずなのに。 この桜のように。 満開の時期にも気付かれず、ただひっそりと散って・・・そして緑の葉を繁らせる。 あのひとと会わないでいるのにも、慣れる。きっと。 会わないでいれば・・・それは「当たり前のこと」になって、そしてきっといつかは忘れてしまう。 
 忘れたい。 
 会うたびに、別れる日が怖くて、離れるのが嫌で。 
 きっと、全ては勘違いなのに。 
 一緒に危険を乗り越えるという境遇にあった男女は結ばれやすい。でもそれは、危険に遭遇した時の緊張感を恋心と取り違えてしまうため――という話を聞いたことがある。心理学では「つり橋効果」というらしい。 平穏な状況に戻ってしまえば、アドレナリンの放出は抑えられ、興奮状態からは徐々に冷めていく。 だから。 無事に戻ってすぐに「一緒に居よう」ってあのひとに言わせたのは、ただの残留していたアドレナリンのせいで、あのひとの本心ではない。 あれは、間違いなんだよ。 優しいから、そうは言えずに困っている。 
 葉桜を見上げ、そして――気持ちを固める。 明日、帰ろう。 帰ったらすぐに荷造りをして、飛行機の手配をして。あのひとに会わないうちに。 
 足元に広がる桜の花びらのじゅうたんを踏みしめながら。 研究所に帰ろう。 
 
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